壁越しのふたり

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外灯の少ない細い路地から、カツンカツンとヒールの音が近付いてくる。 緩められないスピード。体がギリギリすれ違い、鼻先には甘ったるい香水の匂いが絡まる。 それは間違いなく、【おかあさん】だった。 向こうは私を碌に知らないはずなのに、その背中を目で追ってしまう。不自然な動悸が胸を走り、背中を汗が伝っていく。 落ち着け、大丈夫。 あの人は私の【おかあさん】ではない。 当たり前の事実を何度も口の中で繰り返し、薬のように飲み込む。 あの人は一年の最後の特別な日を誰と過ごすつもりなのか。振り返ることはしなかった。
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