第四幕 研修期の終わり

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 店長が前のめりに机へ手を突いた。時花は慌てて身を引く。  机上のパソコンをいじり出した店長は、インターネットのブラウザを開き、検索してみせた。 『スーパーコピー問題』  検索結果が一覧表示される。  出るわ出るわ、主に中国や中南米で製造されたとおぼしき贋作ブランドの雨あられ。それは時計に限らない。かばんや衣類、靴、文具、自転車や自動車まで多岐に渡る。  本物と寸分たがわぬ洗練された造形は、一般人にはとても見分けが付かない。 「二〇一八年、アメリカが中国に対し、スーパーコピー品への報復として関税を大幅に引き上げ、貿易摩擦へ発展したニュースは有名ですね」 「あっはい、テレビで観たことがあります」  中国も負けじとアメリカの関税を引き上げて対抗し、泥沼化が続いた実話だ。 「正規品と遜色ないレベルで偽造するスーパーコピーは、中国産が半数以上を占めています。昔の中国産と言えば粗悪品でしたが、近年は経済成長による技術の高度化や、世界各国が中国に工場を建てたことで、本物と同じ製法・技術を覚えてしまったのです」  もともと模造品や著作権違反のはびこる中国に、世界中から技術を持ち込まれ、教わってしまったら、より精密な模造品が製造されるに決まっている。  このリスクを考えず、安直に工場を移管してしまった先進国の功罪も大きい。  金と技術を得た現地人が、本物以上に本物らしい『スーパーコピー』を誕生させるのは当然の帰結と言えよう。 「国民生活センターによれば、贋作詐欺の相談件数ランキングにおいて、ブランド靴、ブランドかばん、ブランド財布に次いで、ブランド腕時計が第四位にランクインした年があったそうです」  すらすらと講釈してみせる店長が博識だ。  腕時計という、従来では複製困難な精密機械までもが偽造されている。これはとてつもない脅威だった。業界全体が頭を悩ませているのは想像に難くない。 「特にスイスのブランド時計は売れ筋ですから、年々コピー品が増大しています。ロレックスやオメガは当然のこと、単価の高いパテック・フィリップも目を付けられています」  安全神話の崩壊。  これは決して、テレビの中だけの話ではない。  今ここに迫る危機。  時花たちも当事者なのだ。
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