第四幕 研修期の終わり

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 店長の推理は止まらない。  一度でも浮かんだ仮説は、最後まで検証しないと気が済まないのだろう。 「会社の機密事項や試作品を横流しすることで、贋作の製造技術を向上させ、闇ブローカーとして不正な利益を上げていたとしたら……? 上司と揉めて退職したのも、足が付く前に身を引いたとも考えられます。それほど彼女のドジは巧妙だったのです」 「悪く考え過ぎですよっ」 「僕と『時ほぐし』を始めたのも、彼女自身が贋作を販売するためならば、得心が行くのです。本物に紛れて贋作を売りさばけば、絶好の隠れ(みの)になりますからね」 「そんな……この店を悪用されたなんて、あり得ませんってば」 「本当に言い切れますか? 僕はまんまと利用されていただけかも知れません。恋心に付け込まれて、疑うこともせず……」  だから潮時になった途端、簡単に蒸発された。  彼女は姿を消したのだ。  店長を捨てて。  それは悲劇に見せかけた、巧緻(こうち)な裏事情が潜んでいたことになる。  なまじ明晰な店長だからこそ、一度湧いた嫌疑の歯車は回り続ける。彼は紳士だからこそ、店で偽物を取り扱っていたとなればプライドが許さない。 「特にパテック・フィリップは高価です。四八〇万円もの金額を支払ったのに贋作だったら、誰だって怒ります……大枚をはたいた信頼性が、崩れたわけですから」  大金とは、いわば保証だ。  高値は品質だけでなく『正規品の信頼性』も担保している。それを裏切る形になったのは不甲斐ないし、やる瀬ない。『時ほぐし』の理念に著しく反する。 「け、けど店長。買ったのは悪名高きヒモ大学生ですし、さほど気に病むことでも――」 「誰が購入しようと関係ありません! 店の信用に傷が付いたことが問題なのです!」 「――あうっ、済みません……」  食い気味にたしなめられた時花は、首をすくませた。  購入者である石上は、女性に高額商品を貢がせていた小悪党だから、痛い目に遭っても自業自得だ。しかし、店が贋作を売った事実は覆らない。 「ブランド品の精巧な贋作……『スーパーコピー』問題は、世界的な急務でもあります」
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