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C球
兄が死んだ。突然の知らせを受けたのは、新年度のせわしなさが残る四月のある日だった。
残業終わりに携帯を開くと、実家から十件以上の着信があった。きっと何かあったのだと察し、胸はざわついたが、僕はせいぜい空き巣に入られたとか、オレオレ詐欺にあったとか、お金にまつわるトラブルでもあったのだろうと思った。
幸い明日は土曜日だ。実家に戻った方がいいだろうか。とはいうものの僕自身、この四月に異動したばかりなのに営業先で誤発注のミスがあり、時間も心の余裕もなかった。こっちまで厄介なことになっていないといいが。
飲み会へ向かう同僚を残し、オフィスを出て早足で駅に向かいながら、実家に電話を掛け直した。父も兄も家では電話には出ないから、電話口に出たのは母だったはずだが、相手はなかなか話し始めなかった。母さん?と催促しようとした時、沈黙の向こう側に、すすり泣く音が聞こえた。僕の足は止まった。言葉を聞く前から、僕の背には冷たいものが流れた。
「謙一が…交通事故で…意識が戻らないの」
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