披露宴

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披露宴

 今でも忘れられない光景があります。  あれはどなたかの披露宴に家族で招かれたときでした。  ほうら見てご覧。花嫁さんきれいねえ。  母が入場してきた花嫁さんをみながら言うのです。  古式ゆかしい白無垢、髪は文金高島田。水引も飴色のかんざしもそれはきれいでしたが、不思議なかぶりものをしていました。それがどうにもおかしな形でしたので、幼かったわたしは小声で母に尋ねたのでした。決して大声をだしてはいけない、と父と母から厳重に言われていたのです。今考えてもこのときのわたしの判断は大したものでした。 「なんでおよめさんは三角の帽子みたいなのをかぶっているの?」 母の耳に顔をつけるようにして尋ねました。 「あれはつのかくしっていうのよ」 と負けず劣らず小さな声で母が教えてくれました。 「つのかくし? お嫁さんつのがあるの?」 母が呆れた顔で何かを言おうとしたとき、父の声が割って入りました。 「そうだよ、美優。あの下にはつのが生えてるんだよ、二本。お母さんにもあるんだ」 「あなた!美優におかしなこと吹き込まないで。あんなにきれいなお嫁さんなのにかわいそう。美優、違いますからね。あれは昔からかぶるならわしなだけ。つのなんてありませんよ。お母さんにだってないでしょう」 そう言って黒留袖の母は父を優しくたしなめたのです。父も朗らかに笑っていました。 きっと仲のよい家族に映ったでしょう。いまから20年ほどまえ、わたしが3歳、母も父もよく考えたらとても若かったのです。 花嫁さんと花婿さんがゆっくりとこちらに近づいてきます。 「おめでとうございます」 「おめでとう」 母と父は新郎新婦におめでとうと繰り返しました。 「ありがとうございます」 小声で花嫁さんがいい、わたしの顔を見ました。 真っ白く塗られた顔のなかで、目が金色に光っていました。口が耳元まで裂けていました。 その後のことは覚えていません。母も父も何も言いませんでした。  花嫁さんがその後どうなったかも知りません。
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