第一章

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 敵じゃないのは分かってる。もしそうならとっくに九郎か三人が攻撃してただろうから。  でも初登場時くらいまず名乗ろうよ。読者に不親切。  上弦と呼ばれた妖はムッとして、 「誰だきさまは、人間の分際で。蛇神様の行動を見る限り、きさまが嫁を名乗る女のようだが」 「あたしは加賀地東子って名前があるんだけど。あと、一方的に押しかけて嫁とり宣言したのはこいつよ」  コートからちょっとだけ顔出してぬくぬくしてる祀り神様を指す。そこには威厳も何もない。 「今は相思相愛の夫婦じゃないか」 「でまかせ言うんじゃない」 「相思相あ……っ、こ、こんな女をですか?! 蛇神様が嫁を溺愛していると噂は聞きましたが、デマだと。蛇神様の噂はいつも嘘ばかりですから。この女などっ……ただの人間じゃありませんか!」  犬型妖は憤怒のあまり倒れそうだ。  普通なら失礼にもほどがあるとキレるとこだが、あたしは怒らなかった。むしろ感心する。  面白い。新鮮。九郎の配下にとってあたしは封印を解いた恩人扱いなんで、悪感情持たれたことないのよね。誰もあたしが嫁ってことに反対したことがない。  見かねた剛力さんが犬の肩を押さえた。 「おいおい、上弦。そこまでにしとけ。久しぶりに会っていきなりその態度はないだろ」 「黙れ剛力! きさまらはいいのか、尊い蛇神様の奥様はその立場にふさわしい高貴で完璧なお方であるべきだ!」  あー、こいつ理想高い上に人の話聞かない子だ。 「東子様は先入観に惑わされず、封印を解かれた方だよ。ただの人間じゃないと思うけどなぁ」  流紋さんも言う。 「あの男の子孫だから解けただけだろう。そう、血筋だけでも奥方にふさわしくない。そもそも美人でもないし、口答えするようなろくでもない―――」 「おい」  九郎の声のトーンが1オクターブ下がった。  ぎらついた目で犬を睨んでる。八岐大蛇の息子と心底納得する眼光。  殺気に周りの空気が震え、ビリビリと音を立てる。  雪華さんたちは息をのんで後退した。  九郎が神通力を使ったんだろう、こちらを気にも留めてなかった通行人たちも何かおかしいと不安になってる。  犬型妖は金縛りにあったように硬直したまま動けない。  あたしですらたじろいだ。 「九郎、どうしたの」 「東子を侮辱したな。許さない」  つぶやいて本来の姿―――九頭の大蛇に戻ろうとする。 「ひっ」
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