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「竜胆さん」
藤の呼びかけに、竜胆は意識を現実に引き戻された。
「……何だ?」
走行する車の後部座席にいた竜胆は、運転席にいる藤を見た。
徐々に速度を落としながら、サイドミラーを見ていた藤が困ったような顔をしていた。
「公園から……」
そこから先は言われなくてもわかった。
ため息を吐いて、顔をしかめつつも竜胆は仕方ない、とばかりに短く告げる。
「止めろ」
公園をかなり通り過ぎた所で車が止まる。
竜胆は後部座席からドアを開けて歩道に降り立つと公園の方を振り返る。
すると、公園から車を追って飛び出してきたらしい二人の子どもが、駆け寄ってくるところだった。
通り過ぎる車に気が付くとは、なかなかどころかかなり目ざとい子どもだと、竜胆は内心で苦々しげに呟く。
木の棒を片手に走り寄ってきたくせっ毛の子どもが、待ち構えていた竜胆の足元に走ってきた勢いそのままで飛びついて――いや、タックルをかましてきた。
だが、大人気ない竜胆は舌打ちしながらも、容赦なくくせ毛の子どもの突進を回避する。
続けて第二陣で仕掛けてきたもう一人の突進もあっさりと回避する。
子どもの戯れを笑って受け止めるなどという優しさは残念ながら持ち合わせていない。
勢い余った子ども二人はそろって路上にばったり倒れた。
しかし、子どもならでは強靭さですぐさま起き上がると、果敢にも木の棒を竜胆につきつけて叫んだ。
「ふふん……よく、よけられたなヒツジ!」
「だが、つぎはきっとよけられないからなヒツジ!」
ちなみに、これは竜胆が彼らの猛攻を回避するたびに毎回言われる台詞である。
彼らは自分たちの敗北を決して認めようとはしないのであった。
彼らは近所に住む子どもたちで、時々外に出る百合とばったり会った際には、彼女の意向で一緒に公園で遊んだりする仲である。
二人の子どもの無邪気で純粋な瞳を見下ろして、竜胆は忌々しげに吐き捨てる。
「…………何度やっても無駄だということを学習しろクソガキども」
腹立たしいことに、竜胆がどれだけ冷たい対応をしようが、この子どもたちにはまったく効果がないのである。
くせ毛の子ども――カズラが車の方を見ながら、竜胆に問いかける。
「ヒツジーおじょうは?」
「おじょういないのヒツジー?」
もう一人の子ども――レンもカズラに続けて、竜胆を見上げながら尋ねてきた。
「羊じゃない。執事だ」
「ねーおじょうは? おじょうは?」
「きょうはいないのかー?」
低い声音で呟かれた竜胆の訂正など聞いちゃいない。
苛立ちを覚えなくもないが、いつものことなのでため息をつくことで耐える。
「……お嬢様は体調不良だ。今日は会わせられない」
「たいちょーふりょーってなんだ?」
レンが首をかしげる。
「ふりょーってかっこいいやつだろ?」
カズラの言葉に、竜胆は表情を歪めて否定する。
「違ぇよ」
漢字は同じだが意味が違う。
しかし、子ども相手に説明するのは面倒臭い。
なので、竜胆は子どもに通じるように簡単に言いなおした。
「……元気がないから、今日は会えない」
今度はちゃんと言葉の意味が伝わったらしく、レンとカズラは顔を見合わせた。
「きのうユキふったから?」
「おじょう、ユキきらいだしな」
「ユキたのしいのに……」
「おじょう、げんきないのか……」
見るからにしょんぼりとし始めた二人だが、すぐさま立ち直ると、路上に止まっていた車に近づいたカズラが助手席の窓をたたいた。
車の窓は、中からは外が見えるが、外からは中が見えないようになっている。
「ふじー!」
生意気なことに大人を呼び捨てだ。
カズラが叩くのをやめると、すぐに窓が開いて、藤が顔を出す。
穏和な微笑みを浮かべる藤に、カズラが笑顔でお願いする。
「のせてよ。おじょうのいえまで、つれてってー」
「却下」
即座に拒否したのは藤ではなく、竜胆だ。
ぷくりと頬を膨らませたカズラが、竜胆を見上げて拗ねたように言う。
「ヒツジにはいってないし」
「……ガキは大人しく自分の家に帰れ」
竜胆さん、と苦笑いする藤を無視して二人を見据えると、レンが心配そうな表情をして言い返した。
「だって、おじょうげんきないんだろー?」
「オレたちがげんきにしてやるよ!」
自信たっぷりに言い放ったのはカズラである。
相手は子ども、相手はただの子どもだ。いや、本当は、昔、今世に生まれ変わる前の知り合いというか、元同僚だったりするという、複雑な関係だったりする。しかし今は子ども、普通の子そもだ、“前の記憶”なんてない普通の一般人、しかも子ども、と内心で複雑な葛藤をしながら、竜胆は表情を苦々しげに歪めた。
そんな竜胆の様子を見かねた藤がフォローする。
「今日はもう、暗くなるから、また今度にしましょう。……ね?」
『えー』
藤の言葉に二人は明らかに不満げだ。
直後ちょうどいいタイミングで、夕刻を告げるチャイムが鳴る。
よしさっさと帰れとばかりに、竜胆は追い払うように手を振った。
「……ほら、ガキは帰る時間だ」
「親御さんが心配しますよ」
竜胆と藤に促され、二人は渋々といった様子ながらも、
「じゃぁ、あしたにする!」
「あしたはぜったいつれてけよー!」
と叫びながら、家路を走って帰っていった。
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