脆く儚いあの人の執事とあいつの傍で見守り続ける少女

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*** 「紅羽さーん。中坊ビビらせないでくださいよー。というか、お客さんほとんど逃げ帰っちまったんスけど」 困ったように苦笑して言った夕陽の言葉に、そんなもん知るかとばかりに紅羽は、カウンター席に頬杖を突きながら不機嫌そうに座っていた。 マスターに怒られるかなーと落ち込む夕陽に対して、楓はテーブルの上を片付けながら笑顔で言う。 「だいじょーぶ! きっとなんとかなるよ!」 「また楓ちゃん、無責任なことを……」 あ、メールだ、と夕陽の言葉をスルーして、楓は携帯をいじり始める。 ハァと思いため息をついた夕陽は、それから少しだけ心配そうな表情をして紅羽を見やった。 「紅羽さん、あんま無茶しないでくださいよー。“前”と違って、今はそんなに丈夫じゃないんですから……」 ちなみにこのアルバイト、夕陽は“前の記憶”を継承している数少ない人間だ。 心配そうな顔をして告げる夕陽だが、紅羽はどうでもよさげにフンと鼻で笑う。 「何? またなんか、無茶やらかしてるのー? この前だって、いきなり椿を振り切って駆け出して行って、何事かと思って探し回ってやっと見つけたってのに、何でもないの一点張りで、挙句の果てにぶっ倒れたしねー」 携帯をいじりながらも、茶々入れてきたのは楓だ。 紅羽は生まれつき心臓が弱かった。 これは、おそらく“前の記憶”のせいと言うか、“前”の自分の末路の影響というか。 後遺症のようなものといっても過言ではないかもしれない。 おかげで過度な運動はできないし、全力で走り回るなんてもってのほか。 楓の言うこの前とは、学校内でユリを見かけて追いかけた時のことだ。 竜胆と瑠璃の登場により、ユリとはろくに話もできなかったあの後、走り過ぎたことにより無理がたたり、探しに来た椿と楓の前で倒れたのであった。 倒れるつもりはなかったのだが、無茶をしたという自覚はあったため、紅羽は気まり悪そうな表情をした。 腹立ちまぎれに、仕事しろと楓を追い払った。 「そうっすよ。保健室の先生から連絡がきて、紅羽さんがぶっ倒れたって聞いて、俺もマスターも心配したんですから」 「……悪かったな」 補足すると、この保健室の先生も紅羽たちの関係者であり、“前の記憶”も継承している。 だから一応、真っ先に“今”のユリについて聞いてみたが、腹立たしいことに見事にはぐらかされた。絶対に知っているに違いないのに、この保健医は頑なに口を割らず、武力行使に走ろうとした紅羽を椿が止めた。 ならば、情報通の皐月に聞こうかと思って店に来たのだが、当の本人は逃亡している。 椿の様子もおかしかったし、これを怪しまずにいられようか。 普段から何か隠しているなとは思っていたが、まさかそれがユリ絡みだとは思っていなかった。 そこで、あぁそうだと紅羽は思いついた。 皐月がいないなら、夕陽に聞いてみるのもありかと。 同じ店で働いているんだし、同じく“前の記憶”を継承しているわけだから、皐月が何か隠していることについても知っているかもしれない。 「……夕陽。てめぇは何か知ってんのか?」 カウンター席を回転させて振り向いた紅羽に、夕陽が首をかしげる。 「何をですか?」 「アイツらに関する情報」 紅羽の言葉に目を丸くした夕陽は、口を開こうとして、 「あ、すんません、メールだ……」 と、携帯を取り出す。 それを見ながら、紅羽は独り言のように続ける。 「皐月が何か怪しい」 「マスターが?」 「店にいて、なんか心当たりないか」 携帯を見ていた夕陽が、えっ、とやや強張ったような笑みを浮かべた。 急に落ち着きなく目が泳ぎ始める。 「こ、心当たり、ですか……」 紅羽の黄金の瞳が不審そうに眇められた。 「特に、思い当たらないっすね」 「店に、アオイとか“覚えている”あっちの連中が来たことは」 「な、ないと、思いますよ?」 どうも歯切れが悪い。 それだけでなく、夕陽は紅羽と視線を合わせようとしない。 これは皐月に口止めでもされたか。 「……今のメール、誰だ」 「つ、椿ちゃんからです」 「皐月だろ」 「いえ、椿ちゃんからです。明日のシフトの件で……」 「じゃあ見せろ」 「えっ」 「見せらんねぇのか」 「い、いえ、えっと……」 見るからに焦りだす夕陽を見て、紅羽の表情が険しくなる。 「嫌なら今すぐ皐月に伝えろ。さっさと情報吐かねぇとてめぇの秘蔵の酒全部割るって」 「それはヤバイよー。そんなことしたらマスターが卒倒しかねないよー?」 そこへ再び割って入ってきたのは楓だ。 「ところで何の話ー? のけ者にしないでよ」 ニコニコと人好きのする笑顔を浮かべて言う楓に、明らかに夕陽が安堵する。 テーブルの片づけが終わったのか、やってきた楓は紅羽の前に、サービス♪、とコーラを置いた。 「てめぇには関係ねぇ」 「うわーひどーい。差別だー。紅羽の意地悪ー」 正しくは関係ないというか、“前の記憶”のない楓には話しても意味がないというか。 未だに男ではなく女である楓に紅羽は戸惑う。 夕陽のように執事服ではなくメイド服を着ていることも、違和感はないが慣れない。 「じゃあ、ユリについて何か知ってること教えろ」 「え? あー……あの、同じ学校の上級生にいる、深窓の御令嬢?」 楓ちゃん、と咎めるような声を夕陽が上げたが紅羽は無視する。 楓も口をつぐむことなく、目を瞬かせて紅羽を見やると首をかしげて続けた。 「この前は、学園のプリンスのこと気にしてたよね。というか、彼女、紅羽と同学年なんだから、違う学年のこっちより、紅羽のが詳しいんじゃない?」 「わかんねぇから聞いてんだろ」 「教室行って直接会って聞けばいいじゃん。あとクラスメイトに聞いてみるとか」 「行ってもいねぇし、クラスメイトの証言なんざ役にたたねぇ」 「うわーホントにやったんだ」 自分で提案しておきながら、すでに実行していた紅羽に対して微妙な表情をする楓。 紅羽は無言で楓の頭を殴った。もちろん左手で手加減はした。 「痛ッ!? 女の子殴るなんてひどーい! 暴力はんたーい!」 「……あぁ、女だったな」 「うわぁ何それ!? まさかの女と認識されてないオチ!?」 「……左で手加減しただろ」 「そもそも殴るとかありえないし! あーもー……せっかくいい案あるのに教えるのやめよーかなー」  ニコニコと笑みを浮かべつつも、意地悪い顔をして言った楓の言葉に紅羽は目の色を変えた。 「何かあるのか」 「知りたい?」 もったいぶる楓に紅羽はさっさと言えとばかりに睨みを利かせる。 普通の人ならその鋭い眼光に怯えるか恐怖するかに分かれるが、楓はそれをまったく臆することなくニッコリと笑みを浮かべ、紅羽を見上げると小首をかしげて言った。 「お宅訪問すればいいじゃん」 ***
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