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それはつまり、今の記憶を忘れたい、ということか。
なら、なんで前世の記憶とか、そういう話を持ち出してきたのか、と今度は口には出さずに内心にとどめた。
胡乱気な視線を向けると、薄い笑みを浮かべたままユリ様は独白を続けた。
「いえ、今を捨てたいというわけではありませんよ? ただ……そうですね。記憶が自分自身を縛る枷になりそうではないですか?」
「おっしゃっている意味がわかりません」
そう答えたが、同時に場合にもよるのではと考えていた。
先天的に前世の記憶を持っている場合と、後天的に記憶を思い出す場合と。
いや、そもそも何でこんなこと真面目に考えてるのか、自分自身に呆れて、その時はどうでもいいやと思考を切り捨てた。
「アオイは、生まれ変わっても私の従者でいたいと思いますか?」
「絶対嫌です」
「…………即答されるとさすがに悲しいですね」
少しだけ眉根を寄せて、けれどもこれっぽっちも悲しそうには見えない表情で、ユリ様は続けた。
「まぁ、つまりはそういうことですよ」
とりあえずその場は納得しておいた。
話が長引くのが嫌だったのと、早く解放されたかったのと半々の気持ちだった。
けれども、雑談はもう少しだけ続いた。
口元に笑みを刻んで、ユリ様は楽しそうに言った。
「ふふ……前世の記憶があったまま、異性に転生したりしたら面白いですね」
「……全然面白くないです。そもそも人間に生まれ変わらない場合もありますよ」
わからないけど、きっとあるだろうと考え、適当に口にした言葉を、ユリ様は真面目に捉えた。
「なるほど……それはそれで興味深いですね」
ダメだこの人、と心の底から思った。
当時は、意味の分からないこの不毛な会話を早々に切り上げたかった。
「……というか、自分が死んだ後の事なんか考えても、無駄じゃないですか」
「そう言われてしまうと話が終わってしまうのですが」
「終わってください」
死後の自分のことなんてわかるはずがないのに。
その時は、そう思っていた――
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