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昼休み、いつものように近所の百貨店に昼食を買いに出かけた。時間に余裕があるのでバーゲン会場を覗こうとエスカレーターに乗ると脇に白磁のポスターが見えた。バーゲン会場の下のフロアーで白磁の展示会が行われているとのことだった。ポスターの写真に惹かれ、バーゲンをやめてこちらを見ることにした。
展示場はさほど広くなく10分もあれば全てを見ることが出来た。
ポスターの白磁は一つだけ会場の中央に置かれていた。縦長の丸っこいありきたりの壺だった。無地で真っ白な表面は艶やかだったが古めかしさが感じられた。解説によると江戸時代初期に作られたものだそうだ。じっと見ているとどこからか声が聞こえて来た。
「良い出来でしょう」
周囲を見回したが店員の姿も客の姿もない。声はまた聞こえてくる。
「この国に来て作り出した会心の作です。故郷の村から連行され海を渡ってこの地に着いた時には自分の人生はもうお終いかと思いました。ところが、この地でも焼物作りをすることになりました。故郷にいた時は決められた物を作って納めるだけでしたが、ここでは自分たちがやりたいように出来ました。そこで俺たちは、より形の良い物、より使いやすい物、より美しい物を作ろうと思うようになったのです。そのため良き土を求めて各地を回り、窯も工夫しました。そして出来上がったのがこれです」
男声は一気に喋った。その口調はとても誇らしげだった。
「この国に連れて来られた当初は故郷のことがしきりに思い出されました。しかし、焼物に熱中しているうちに故郷への未練は遠ざかっていき、この地でこの仕事に専念しようと思うようになりました」
「いつしか、故郷にいたら、こうして自分の思う通りに制作出来ただろうか、自分の仕事に満足と誇りを持てただろうか、と思うようになりました」
声はここで途絶えた。
たとえ不本意な状況に陥っても、その中で自身が出来ることを見い出し、最善を尽くす、それが良き人生だよ、声はそのことを伝えたのだろうか。
昼休みの時間も残り少なくなった。まだ昼食を済ませてないので急いで帰社した。
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