真っ白な未来

1/1
前へ
/1ページ
次へ

真っ白な未来

 入学式の翌日、担任の先生が教壇に立ってみんなに言った。 「昨日渡しました自己紹介の紙は書いてきましたね? では1人1人自己紹介を兼ねて発表してもらいます」  わざわざ遠い中学校に受験した私は、この場に誰1人として知った顔はいない。真っ白な友人関係。真っ白な場所。 「篠小学校から来た池田です。学校での目標は、部活に入って頑張りたいことです」  先生が配った自己紹介の紙には、自分の名前、どこの小学校から来たか、この中学校での目標を書く欄があった。みんな『いい成績を取りたい』とか『友達と仲良くしたい』とか、わりとよくある答えを答えていく。 「はい、いい目標でしたね。では、次は中村さん。お願いします」  私の番だ。立ち上がり、私は息を吸った。 「山小学校から来ました中村です。目標はチャレンジすることです」 「はい、とてもいい目標ですね。次は日崎さん、よろしくお願いします」  次の子が立ち上がる。私は椅子に座る。  ちょっと‥‥気が抜けてしまった。でも、これで真っ白じゃなくなった。  すべての子が発表し終わると、紙は回収されて先生に持っていかれた。  翌朝、教室に入るとみんなが後ろのほうに集まって何かを見ていた。 「おはよう、何見てるの?」 「あー、中村さん。おはよう、昨日の自己紹介が貼られてるんだよ」  池田さんが微笑んで教えてくれた。綺麗に並んだ自己紹介の紙をみんなが眺めてワイワイ言っている。先生の仕事が早い。入学式に撮った集合写真を使用した顔写真が自己紹介の紙に貼られている。 『これなら覚えられそう』  私の声が隣にいた誰かの声と重なった。振り向くと私と同じくらいの背の男の子だった。 「あ‥‥いや、ボク、人の顔を覚えるのが苦手で‥‥」  恥ずかしそうに笑う男の子は、たしか西村くん。私の隣の席だ。 「西村くん、だよね? 私、中村です。よろしく」 「う、うん。よろしくお願いします」  よし、また1人名前を覚えた。友達が1人増えて、また白じゃなくなった。 「朝のホームルーム始めるぞー」  教室の扉を開けて先生が入ってきた。みんな急いで席に着く。出欠の確認をした後に、今日の予定について先生が話始める。  と、隣の席から小さなメモが渡された。綺麗に折りたたまれたメモを開くとこう書いてあった。 『何にチャレンジしたいんですか?』  ちょっと考えて、メモに書き足して隣に返す。 「中村さんは面白いこと考えてるんだね」  ホームルームが終わると、西村くんは私に話しかけてきた。 「そうかな? 面白くはないと思うんだけど」 「『未来は真っ白だから、未来にどんな色でも塗れるようにいろんなことにチャレンジしたい』。なんかすごく文学的だよ。中村さん、小説家とかになれるんじゃないかな?」 「‥‥数学の授業で設計士を目指すようになるかもしれないじゃない」 「じゃあその感じで生き物係やったらペットトレーナーになるかもしれないね!」  はしゃぐように笑う西村くんの顔を見て、私は思う。  どうしよう、もう一度真っ白にしないといけないかもしれない。  彼の顔がとても素敵に見えて、もっと違う未来も見たくなってしまった。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加