[一]

2/3
前へ
/18ページ
次へ
 青年は心酔していた。心酔は、悪く言えば催眠にかかったようなもので、もっと身もふたもない言い方をすれば、洗脳であろう。青年は、はたから見て異常であった。しかし、考えてもみて欲しい、異常でなきゃ、人間はやっていかれないのである。と言うのも、人と言う生き物は、他と異なっている所に、生きがいを見出すものである。だから、異常だからと言って、決して人を馬鹿にしてはいけない。そうすると、自身を見失ってしまう事にも繋がりかねない為である。 青年の心酔について、説明しよう。彼は、とあるアマチュア作家に傾倒していた。アマチュアと言うと、あんまり良いイメージは持たれないかもしれない。プロと言った場合に比べて、アマチュアの方が劣るように思われる。つまり、青年は、数多プロの作家が世には溢れているにも関わらず、わざわざ劣等のアマチュアを好き好んで読み耽るのである。そこに判官贔屓みたような感情は、決して存していない。本当にその、アマチュアに惚れ込むから、それを読むのである。だから、彼に言わせれば、プロとアマチュアの差などは、金をもらっているかいないか程度である。 青年とそのアマチュア作家との出会いは、とある小説投稿サイトであった。青年もかつては、プロの作家なるものを目指し、日々自身の物語を綴っていたのだが、常々、何かが足りない、と感じていた。青年の場合、特別書き出したい事があるわけじゃなくて、ただ小説家と言うものへの漠然とした憧れから、自分も本を書いてみたいと考えたのだった。そうすると、やはりどうにか書き上げた作品に対しても、その出来不出来ばかりが気にかかる。他人に評価をもらいたいと思い、数多の素人より批評を受けるが、それをもとにやる気を出そうにも、話のネタが思いつかなくちゃ次が書けない。青年はだから、いつもそうした産みの苦しみを味わっていた。ところが、そのサイトにて見つけた、とぼけたペンネームで活動している作者は、随分流暢に文章を書いた。自分が書くものとは、どうも同質で無い事だけは分かる。また、世間に跋扈する筆耕家の類とも、全く異なると感じた。そうして、青年は、このアマチュアに魅入られた。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加