[一]

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心酔する人間は多い。偶像崇拝と同じ事で、人間は自身の理想をとある人に半ば無理やり当てはめ、拝んでみると妙に安心する。崇める事で、自身の人生をより価値のあるものにして捉えようと頑張る。青年は、そのような人間を多く見て来て、嫌気がさしていた。どうして他人に理想を求め、自身には求めないのかと。自身が理想に程遠いと言うのは分かる。分かるが、それならば何故その理想とやらを一度見直してみる事をしないのか。きっと、その理想に、本当に当てはまる人間など、いないのだから。そんな風に思想を抱いていた青年は、このアマチュア作家に憧憬する事を一時ためらったが、しかし考え直してみても、やはりこの人は凄い、と、心底そう感じることができたから、自身に嘘をつかないように、と言う意味でもこの作家を崇める事に決めた。 青年は決して、盲従の愚かでは無い。この作家が誰かに批判されたり、君のその思い入れは可笑しいよ、などと嘲笑われたりしても、怒り出すことは無い。むしろ、それを聞いて納得させられるなら変節も辞さないつもりでいる。青年はこの前提のもとに、当作家に心を傾けた。 ある日、それを読み耽っているところに、青年の恋人がやって来た。 「何をしてるの?」 と彼女は覗き込む。 「ウェブ小説?」 「そんなところ」 と彼が答える。 「へえ。田中くん、本なんか興味無さそうなのに」 「どうしてそう思う?」 「だって、本屋なんか行こうともしないじゃない」 「それもそうだね」 青年は、この作家に、いつか直接会ってみたいと思う。が、それは難しい。本屋に行けば、製本の置いてあるような作家であれば、どれだけ良かったか。そうすれば、サイン会などを開いてくれるやも知れないし、雑誌やら何やらで動向を追うこともできる。けれども、この作家は、世にすればたかがアマチュアである。製本もされないし、まさかサイン会など催されるはずも無い。
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