[二]

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日々と言うのは、大抵何でもない風に過ぎ去っていくものだと、この男は思っていた。きっと、生きているうちに幾度か大事は身に降りかかろうとも、それはほんの刹那の出来事で、やはりほとんどは無為に過ぎ去っていくものだろうと思った。 だからと言うわけではないが、男は小説を書いた。誰か著名な作家に憧れたわけでもなし、無類の読書家なわけでもなし、ただ何となく思いついて、これなら自分にもできそうだと、小説を書いた。 自分の構築する小説世界は、別段刺激に溢れているわけじゃない。書いていくうちに、思いがけない邂逅を果たしたり、拾いものをする事はある。けれども、そんな出来事は、日々を通常に暮らしている時と同じくらい、滅多にあることじゃない。それでも男は、初めて一本の劇を書き上げた時、ある種の満足感を覚えた。それを思って、今も小説を書き続けている。 彼にとって、小説は一つの表現手段に過ぎない。別に、文章で何かを創造することそれ自体に重きを置いているわけじゃないし、自己の内に蓄積したものを発散できるのならば、どんな手段をとろうと構わなかった。――一度、自分の小説と言うのはどんな程度のものかと思い、とある新人賞に作品を送ってみた事があった。すると、それから知らぬ内に一年が過ぎていた。何事も無かったのだと知り、その時は酷く落ち込んだ。良く良く考えてみると、馬鹿馬鹿しい、自分の小説は誰かに媚びて、気に入られようと書くものではないのに、どうして他の評価を気にしなくてはならないのだと思い直した。 男の小説は、一つの打開策である。日々は平坦である。その平坦を嫌うのではなく祈るのでもなく、ただ心ばかりをぼんやりと持て余している不安に、決着をつける為の道具である。そんな男は、ウェブにひっそり連載し続けているその打開の小説が、誰かの心を強く打っているとは知る由も無い。
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