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翌日、冬季講習に向かうのに東栄ビルの地下を通った茜は、もちろん昨日のオブジェの前に立っていた。 『クリスマスクラフト最優秀賞〈クリスマスカードホリデー:AZクリエイティブ専門学校 飯田圭子〉』 張られたロープの奥にそんな小さな札が立っている。 周りでは幼い子供たちが、キャッキャと楽しそうな声を上げていた。 「白いおうちきれい~!」 隣にいた女の子が呟くように言って、両手を合わせている。 茜は彼女たちとは少し違う視点で、その真っ白なオブジェを見ていた。 昨夜、揉めていた二階の柱の部分を測るように見つめて、イメージの中でふたつに畳んでみる。きっちりと折られたカードの中に収まるように思えた。 未来を白いキャンバスに描いていくのは、きっと簡単なことではないと思っていた。何度も何度もやり直して、だけど自分の目指すことには正直に、ひたむきに。 そうやって、描くものなのかもしれない。 もし、白いキャンバスに既に色がついていたとしても 「上から塗りなおせばいいんだ。間違ったら、また上から白を塗りなおせばいいんだ」 ひとりごとのように呟いた茜の声に、隣にいた女の子が不思議そうに見上げる。 オブジェの前に長く居過ぎた茜は、冬季講習に間に合うようにローファーの音を響かせて、地下道に走り出る。 とにかく目の前のことをやってみよう。違うと思ったら、またやり直せばいい。 Aクラスに行けるか否かではない。自分の目指す方向が見えた時に、キャンバスの上に堂々と色をのせられるように。 地下道には茜のローファーの足音が、流れるクリスマスソングのパーカッションに重なるように響いていた。 〈fin〉
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