プロポーズ大作戦

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「結婚を前提にお付き合いをお願いします」  白にピンクを重ねたテーブルクロスの上に正方形の白い箱がスッと差し出される。グログラン調の白の外装、中のベルベット生地の上には真っ赤なバラ。その上に大きなダイヤモンド。  花びらが沈み込むほどの重さだ。カラット数はわからなくとも驚きすぎて冷静になるレベルの巨石。内部は小爆発を閉じ込めたように光輝く。  ああ、こういうの、ドラマで見たことある。  オレンジ色の柔らかい照明向こうで、はにかみ笑う男性に愛想笑いを返して何とか間を持たせる。 こんなはずじゃなかった。  二人きりでの食事も今日が初めて。それも代打的な、不意打ちに近い接待だった。  失敗しても誰も取り成してはくれない状況。上手くやらなきゃならない、というプレッシャーは大食漢の私から食欲を奪い、まさに通夜のような食事で全く盛り上がらず、消極的に流し込んだ肉もワインも一緒くたになって胃で蠕動運動という名のタンゴを踊り、そろそろ出口へと押し出されていく。そんな宴も終わりに近づいた中での、この発言。オートモードの消化活動も動きを止め、胃袋が不安そうにこちらを窺っている。  二枚目とはいえないが、いつも朗らかで人懐っこい印象の彼は輪の中心よりも、一回り外で笑って見守るタイプだ。ひとたびトラブルが起これば頼りにされ、また嫌な顔一つせずにそれを請け負う。派手ではない。でも目を奪われる。モテるんだろうなというのは率直な感想で。だからどう、とは続かないけど…  彼の肩越しに黒い海を渡る橋が見える。ライトアップされたその上を足回りを照らす車が一定の速度で走り去る。夜景の一部となって、来ては遠ざかるを繰り返す。  その流れに特別があるわけではない。日常以上の中にいるからこそ、この夜景も特別美しく感じることができる。でもこんな非日常いらない。今はそこの車に連れ去られたいの一択だ。
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