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 ほとんど全身が白い白無垢だったが、唯一その長い髪だけが黒色をしていた。だがこの黒色、染まったわけではないらしい。白無垢というのは基本的に、罹患から一週間以内に嫁入り時を迎えるものなのだが、この白無垢は罹患から半月経ってなお、未だに嫁入り時を迎えていない大層稀有な存在なのだと、上司が言っていた。  だが、そんなことは関係ない。相手がどんな白無垢でも、自分は自分の仕事をこなすだけだ。とにかくまずは、この白無垢にここでの生活の説明をしなくてはならない。  そう思って口を開こうとしたところで、 「あの、こんにちは。さっきの人、ですか?」  白無垢が口元に笑みを刷いてそう言った。その柔らかな声音に、喉まで出かかっていた言葉が残らず掻き消える。  今までここに運ばれてきた白無垢は、どれもこれも怒っていた。または怯えていた。あるいは憎んでいた。  その感情の対象は、自身を売り飛ばした存在であったり、買い取った組織であったり、運命そのものであったり、と様々だったが、何にせよ、白無垢を商品扱いしている側の人間である自分は、白無垢にとっては敵である。  ところが目の前の白無垢の声からは、そういった負の感情は全く読み取れなかった。それどころか、笑っている。作ったもの、にしては雰囲気は落ち着いていて、穏やかに見えた。  思わず面の下で困惑の表情を浮かべたが、目隠しをされている白無垢は当然気づかない。呑気に首を傾げ、もしかしてこんばんはですか、などと抜かしている。     
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