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「では、これより対人戦闘訓練の時間とする! ……霧崎龍真! お前は俺のところに来い!!」
「……はい」
Sクラスの生徒に指示を飛ばした後、有鷹は龍真を睨め付けながらそう怒鳴った。龍真は何か少し考えて、素直に有鷹の元へと向かう。
「お前はこの訓練道具の手入れをやってろ!」
「授業時間内に、ですか?」
「当たり前だろう! 終わらなかったら居残りだからな!!」
有鷹の怒号に思わず結衣の体が竦んだのが見えた。どうやらトラウマになっているようだった。
昨日と同じように幾人かが止めようとしたが、龍真の無言の静止によって渋々口を出さない事に決めたらしい。
(うーん。ボク、いつも龍真クンと訓練してるんだけど……この授業、誰と組めば良いんだろ)
これが“ぼっち”というやつか、と弥生は一人納得していた。
「ん? おい。お前」
訓練相手がいない弥生が隅でしばらくぼーっとしていると、有鷹はすぐに目をつけてきた。
有鷹がこちらを見ているのは分かるが、お前というのが誰を指しているのか弥生にはさっぱり分からない。とりあえず無視を決め込む。
「おい! そこの赤髪だよ!」
イラついたような声で有鷹が声をかけてくるので、弥生は内心少し辟易としながら有鷹の方を向いた。
「オレっすか? なんスか、せんせー!」
人が絡まれているのは楽しく見ていられるが自分が絡まれると面倒に感じる弥生だ。ここは穏便に済ませるためににこやかに応じた。
「訓練もせず何をぼーっと突っ立っている! 指導が必要かぁ!? 」
「やー、すんません! なんせいつもの相手がなぜか道具の手入れをやってるみたいで、やることがないんすよー!」
お前のせいだろという言葉を飲み込んだ弥生だったが、面倒だったが故に自然と喧嘩腰に聞こえるような言葉を発する。
(あちゃ、これはまずったかな〜?)
有鷹のこめかみに青筋が立ったのを見て、弥生は悪手を取ったことを察した。
「よォし、じゃあお前は俺と戦闘訓練だ。たっぷり指導してやるから、ありがたく思えよ?」
(あーあ、これ絶対目つけられたよねー)
ため息を飲み込んで、弥生ははーい、と返事をした。
注目がこちらに集まっていた。向き合っているのが一生徒と横暴な教師だからだろう。
「俺が始めと言ったら開始だ。分かったな?」
(それ多分声かけた方が有利なんじゃ? まぁ、別にあってないようなハンデだし、いいケド)
両者が向かい合わせで立った。
「……始めッ!!」
有鷹がそう言って、物凄いスピードで弥生へと肉薄する。
(これ、結構本気で来てるなぁ)
昨日の弥生の一言も気に食わなかったのか、教師であるというのにその動きに躊躇など見られない。
(このくらいの速さだと……ボクがセンセーを殺しちゃうとちょっと変かな〜。……うん、まあ殺されない程度に抵抗すればいっか)
有鷹の右拳が当たる前にそこまで考え、弥生は拳を受ける為に手を動かした。この重さの拳は受けないほうがいい、と考えた弥生は向かってきた拳を正面から受けずにいなすことにする。
拳によって発生した風が弥生の頬を撫でる。小さく首を動かした弥生はそのまま反撃のために足を繰り出し有鷹の腹を蹴ろうとするがすんでのところで躱され、代わりに有鷹の左拳が迫る。その拳を今度は手のひらで受け回し蹴りを放つも、有鷹が弥生の足を掴んで止めた。
ふわりと風が吹いた。
(……これ、いつ負けようかなぁ)
本格的に面倒になってきた弥生は足からミシ、と音が鳴り始めたところで力は控えめに抵抗をする。
(足を折る気かな?)
ぼーっと眺めていると、ゴキッと足から音が辺りに響き渡った。
「ぐぁあっ!!」
弥生が声を出して見せると、有鷹は粘ついた嫌な笑みを浮かべた。
「おや、軽く力を入れただけなんだが……鍛錬が足りていないんじゃないかぁ?」
野次馬の一部から短い悲鳴が上がったが、構うことなく有鷹は体勢を崩した弥生に殴りかかる。
十発ほど殴られたところで、龍真が止めに入った。
「先生。これはやりすぎでは?」
「実戦では相手は待ってくれないぞー?」
ニヤニヤと笑いながらも満足はしたのか、有鷹は倒れ伏している弥生から目を離して手を叩いた。
「よーし、今日の授業はこれで終わりだ! あとは適当に自主練でもしとけ!」
そう言って有鷹は訓練室から出て行く。
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