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君の横顔は変わらない。僕が初めて見るような顔で、おじいさんの話をじっと聞いていて。
どれぐらい経った頃だったろうか。何かを思い出しながら、ぼそぼそと話していたおじいさんが、ふと、顔を上げて君を見た。
「あの日も、今日のよう、雪の降る日だった。寒い、寒い、風の強い日で。ああ、」
君を見て、目を見開く。君はそれに淡く笑んだ。
ああ。
吐息のような感嘆。
「あの子は君にとてもよく似てる。否、君はもしや……」
おじいさんの目に、君はいったいどう見えたのか。僕は堪らず口を開いた。
「おじいさん、僕らは、」
だって見覚えのないおじいさんなのだ。なのに君は。
「あら、よくわかったわね。バレちゃったならしょうがない。本当はお父さんに会っちゃダメって言われてるの。だから内緒にしてね?」
おじいさんの言葉を否定せず、茶目っ気たっぷりに片眼をつむってみせる。おじいさんはそれはそれは嬉しそうに微笑んで、これ以上は息子が怒るだろうって言って、僕らにここから離れるよう促した。
会えてよかったと涙ぐむ姿に僕の胸がつきりと痛んで。
僕は君の親戚にだって会ったことがある。あのおじいさんは初めて会うおじいさんだった。
だから、本当は。
さっき来た道を僕のアパートへ向かって君と並んで戻りながら、僕は君の様子をちらと窺った。
どれぐらい歩いた頃だろうか。駅からはもうすっかり見えなくなった辺りで、君がぽつりと口を開いた。
雪が降っている。口からこぼれ出たあたたかな息が、空気に溶けて、消えていく。
「人のために吐く嘘を、真っ白な嘘って言うんだって。昔見た映画で言ってた」
それはつまり、さっきのは嘘ってこと?
なんて、わかり切ってる確認が今にも喉からあふれ出しそうだったけど、僕は結局飲み込んだ。どうしてだろう。君に何かを、僕は言うのを躊躇っている。だから。
「ふぅん」
そんな風、なんでもない顔をして相槌を打った。
雪の降る、寒い日だった。
君の付いた、あのおじいさんへの小さな嘘は、きっと、この雪みたいに。
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