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二つのベーグルのうちの一つを手に取った。クルミを砕いたものが表面に散りばめられた、シンプルなベーグルだ。焼きたてふかふかな生地は少し力を加えるだけで指の跡がつくほどに柔らかい。折り曲げるように割り、一口サイズに千切る。この中に“あれ”が含まれていると一瞬でも意識してしまった時点で、正常な判断が下せなくなっている。
怖い。体の中で毒素が蓄積されて行くようだ。そもそも、彼は“どれか一品”とは言わなかった。もしかすると、全ての品に平等に入れている可能性もある。もしそうなら、さっきのナポリタン、やはりあの粉チーズにも…。
「……、はぁ……」
自問自答を繰り返す。自分を安心させる言葉はもはや考える事は出来ない。情けない。必ず暴いてやると決め、今日決着をつけると意気込んでいた自分を裏切るようで。
右手に持つベーグルをそのままに視線を左へと移す。あんず色に輝く紅茶。淹れたての香りはまだ、心を落ち着かせる役割を担っている。陶器を鳴らし、受け皿からカップを取る。口元へと運ぶだけで、香りが更に際立ち、乱れていた頭の中の冷静を取り戻していく。
シュガーポットを別に用意する事で、あえて紅茶に毒性が無いことを示し、油断を誘っている。恐らく、こうなる事を予期していた。そして、“あれ”の混ぜ込まれている砂糖が、まだ紅茶に混入していないのを暗示させ、手を出させる。
彼の作にまんまと乗せられているのをわかっていても、それに殉じるしかない。今は早く、一刻でも早くこの恐怖から逃げ出したくてたまらない。
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