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ここまで来て逃げるだなんて、プライドが許さない。これまでずっと、この瞬間のために生きてきたと言っても過言ではない。舌が苦味に触れた時、彼に掛け続けた疑いが明確なものとなり、同時に証拠も確保できるのだ。 カカオの香りが鼻を抜け、束の間の幸福感を味わう。 覚悟は決めた。己の身を汚しても、必ず彼を暴いてみせる。 静寂した店内には、いつものジャズが流れている。ジッと目を閉じれば、何気なく聞いていたメロディーにも意味があるのだと感じる。 含んだ味がわからなくなった頃には、頭の中はすっかり冴えていた。思考もはっきりとしている。目の前のケーキを見ても、恐怖も何も感じはしない。 シュガーポットの蓋を開け、掬ったグラニュー糖を紅茶の中へと入れ、ティースプーンで混ぜる。 それをいつものように、一口飲み込んだ。 カウンターから、彼の視線は感じない。先ほど、店の裏口が閉まる音がした。恐らく買い出しにでも出かけたのだろう。彼は相変わらず掴めない。 立ち上がり、壁掛けに預けていたジャケットに腕を通し、店の扉を開いた。オーロラ通は、変わらずに美しい。 私はまた、彼に弄ばれただけだった。覚悟していた“苦味”は私の舌に触れる事はなかった。     
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