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四 ホワイトキャンパス
そうか、自分の気持ちなんていう曖昧なものを表現するのに、
具体的なモチーフなんていらないじゃない。
抽象的な概念なら、抽象画で描くべきだわ。
このペンキでかき乱された無秩序な躍動。
これよ、これこそが感情だわ。
天王寺 深緒は一人でブツブツと独り言を繰り返す。
半ば無意識にイーゼルを立て直し、ペンキでめちゃくちゃになったキャンバスを置く。
天王寺の中で何かがハジけた。
何かに取り憑かれたかのように、無言で絵を描き始める。
描き始めると同時に、アトリエに存在するモノが、一つ一つと消えていく。
本棚。物置と化した机。散らかったペンキと、散らかした太郎。
そして…。
ダメだなこれは。いくら話しかけても反応がない。
きっと今頃先生は、誰もいない世界で、一人黙々と絵に没頭しているに違いない。
この世の全てを置き去りにした、先生と、キャンバスだけの真っ白な領域。
その領域では僕の存在など、跡形も無く消え去っているだろう。
自分の中に渦巻く気持ちに気付き、品川 実は思わず笑った。
さすがに絵画には勝てないな。
今日はもう、僕がいなくても大丈夫だろう。シャワーでも借りよう。
絵に没頭する天王寺を残して、品川はアトリエを後にする。
ダイニングに出ると、彼はクライアントの千里 伸隆に電話する。
「もしもし、お世話になっております。
はい、進捗の方なんですが…個人的な感想をお伝えしておきたくて。ええ。
最高の傑作ができますよ」
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