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一 ホワイトキャンバス
「はい、ええ、はい。正直に言いますと、前作が傑作でしたので今回は多分。
はいそうです。
いえいえありがとうございます。それでは失礼致します」
目の前に人はいない。
だが、品川 実はぺこぺことお辞儀をしながら電話を切る。
礼儀正しい彼の性格が垣間見えるが、外見は誰も礼儀正しいとは思わないだろう。
彼は今、諸事情あって上半身が素っ裸なのだ。
彼がダイニングの真ん中でため息をついていると、目の前の扉から何かの気配がした。
アトリエ部屋の扉が開いて、太郎がひょっこり顔を出す。
太郎はそのまま扉をすり抜け、向かってすぐ右横にあるテレビの脇下を通る。
続いて散らかった品川の服を踏みつけながら彼の足元までやってきて、
しっぽを絡めてニャアと鳴く。
そして、彼に襲いかかる。
やめてくれ。彼の願いは届かない。
品川がテレビの上にかけてある時計を見ると、今は午前8時17分。
電話の応対で、毎日8時の予定だった太郎の朝ごはんが遅れてしまった。
君には悪いと思っている。しかし、僕のせいじゃない。
太郎を宥めてエサを用意しながら、品川はそう言い聞かせる。
そもそもこういう事は飼い主であるあの人がやるべきだ。
電話もあの人が出るべきなのだ。僕は彼女の弟子でしかないのだから。
彼は心の中で愚痴を続けながら、アトリエの扉を叩く。
返事など無いのはわかっているので、そのまま入っていく。
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