一目惚れ

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一目惚れ

 あなたの職業は何ですか、と問われたとしよう。  そのとき僕はこう答えるだろう。”フリーターであり、精神的には画家である”と。  たとえ収入の大部分をアルバイトで稼いでいようが、名が通っていなかろうが、職業選択の自由は憲法によって保障されているのだから、僕は画家を名乗っていいはずだ。  僕のアルバイト先のコンビニでは、深夜から早朝のシフトが割り当てられている。  というか、少しでも高給を求めて自ら希望した。  絵は勤務が終わって寝てからでも描けるからだ。  いつものように夜も明ける頃まで働いて、体も脳も疲労を訴えている。一刻も早く休みたい。  そんな思いに支配された僕は、住んでいるボロアパートの自室にたどり着いたとき、隣の部屋から女性が出て来るのを目撃した。  栗色の髪を一つに束ねて、白い無地のTシャツを着た活発そうな女性だ。 「おはようございます。良い朝ですね」  彼女は僕に気付くと、人好きのする笑顔で挨拶をしてきた。  そして、僕はといえば。 「お……おはよう、ございます」  震える声でそう返すのが精一杯だった。  何故ならば、僕は生まれてこのかた、母親以外の女性とまともに口を利いたことなどないのだ。     
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