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「聞いているのか?」
「はいはい、聞いてる聞いてる」
それにしても態度がでかい。世話役なのにまるで母ちゃんみたいだ。年は宗十郎の方が二つも上だけど、立場は俺の方が上だって言うのに。
腰まで落ちた着物を適当に羽織ると直ぐに、宗十郎は畳の上で揺蕩う紅い帯を締めた。胸元に擽る宗十郎の黒い髪が、いつも俺を惑わせる。
「宗十郎はさあ、お客を取らないの?」
「俺は箔亞みたいに上手くは啼けない。背も無駄にデカくなったしな。これじゃあ客も付かないだろう」
目を伏せて小さく笑う横顔は、流麗な輪郭の線を朧気に滲ませる。確かに抱きたいと言うよりは、抱かれたいと思う女は多いだろう。けれど借金の形に売られた俺達は、働かなければ永遠にここを出る事は叶わない。宗十郎はここで一生を過ごすのだろうか。そう思うと無性に切なくなった。
つい考え込んだ俺の頭を、いつもの大きな手が軽く撫でる。
「今日もよく頑張ったな。身体を流そう」
少し躊躇いがちにふわりと笑う宗十郎。口煩くてお節介な俺の世話役。何考えてるかいまいち掴み切れない、美しい真昼の月のような男。俺は客に抱かれる時、何時も宗十郎の顔が頭を過る。襖一枚隔てた向こう側で、背筋を伸ばし、真っ直ぐに座る宗十郎の凛と張り詰めた顔が。
何時からだろう。それが、恋だと感じていたのは。
姐さん達は人を慕うなんて、そんな拷問みたいな感情捨てろって言うけれど、俺は幸せだった。何より、どんなに辛くてもこの気持ちを大切にしたいんだ。ここを出た時に、決して忘れてしまわないように。
俺はいつかきっと、衣紋坂を登って、あの大門を胸を張ってくぐるんだ。この色街を出たら、二度とは振り返らない。
宗十郎────その時は、一緒に行こう。
湯屋へと向かう見慣れた背中を追い掛けて、胸の奥でそう呟いた。
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