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ジャコモ爺さんは僕の着ている真っ白な制服を、もう一度上から下まで見回すと、満足げに何度もうなづく。
「覚えてるか? おめえさんが初めてダリアちゃんに抱っこされて、エルザさんの島へ渡ろうと俺の船に乗ったとき。あんときゃ、本当に大騒ぎでなあ。赤ん坊なりに海ってもんが怖いのか、ぎゃあぎゃあ泣き叫んで、それで、こりゃどうした騒ぎだって港のもんがみんな集まって来てよお」
「……覚えてないよ」
僕は、行く手の波間に浮かぶ、小さな島に目をやった。
ダリア、というのは僕の母の名前だ。そして、エルザさんというのは、このジャコモ爺さんの船に乗って十分ほどの、海にぽつんと浮かんだ島に一人住んでいる、おばあさんの名前だった。
おばあさん、といっても、ぼくとエルザさんの間には、血のつながりはない。
けれど、エルザさんと僕の家族とは、昔からの付き合いがあって、その付き合いは、僕の死んでしまった僕のじいちゃんの代からのものだった。
『若い頃のエルザさんはなあ、海の精霊かと見まごうほど、そりゃあきれいな人だったんだぞ』
じいちゃんは、よくため息交じりに言ったものだった。
『だから、エルザさんはこのへんの漁師たちの憧れの的でな、朝と夕と、漁へ行くたびにエルザさんの島へ、わざわざ用事をつくっては寄り道をしたもんさ』
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