母の教え

「可愛い子に、綺麗な服を着せちゃあダメだぁ。ちょっと目を離した隙にササァッと連れてかれっちまうべよぉ」

これは、とある男の記憶にある言葉だ。
今は亡き母からの教えである。
実際に彼が話半分で聞いた時は、子を授かるどころか独身であったため、他の小言と同様に記憶の隅へと追いやっていた。

やれ、人の話はしっかり聞け。
やれ、熱中しすぎずに程ほどにしろ、などと。
数え上げれば枚挙の暇が無いほどだ。
教育熱心で子煩悩な女性だったのである。

やがて、その母も黄泉の国へと旅立った。
想定外の早世に男は激しく落涙し、手厚く亡骸を葬った。
それを期に彼は変わったのである。
せめて、母の教えを残りの人生に活かそう……と。

その想いが顕著に現れたのは、第一子誕生の折りだった。
まさに珠のような女の子であり、夫婦は心から溺愛した。
特に父親の情熱は凄まじく、愛娘の指を目に突っ込み、『本当に痛くないぞ！』と強弁するほどであった。

その娘が言葉を発し、自立して歩けるようになった頃、男は大いに悩んだ。

「うちの娘は宇宙一可愛らしい、いや美しい。これでは何処ぞで誘拐されてしまうかもしれないぞ」

強い不安を覚えた彼は、ここで母の教えを思い出す。