私の大切なあなた

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 一目で恋に落ちてしまった。お互いにそうだった。行真さんとは十も年が違ったけれどそんなことどうでもよかった。フリーになる時間が少しでもあれば、予定をすり合わせてデートを重ねた。今日子の就職が決まった途端彼が北海道になり、三年間遠距離だった。それでも好きで好きで。転勤明け、彼が戻って来た四月、すぐに同棲した。彼の胸元に頬を寄せてまどろんだ八月の夜、プロポーズされた。喜びを噛み締めて、翌朝出張へ赴く彼を見送った駅の改札。今日子の左指には昨晩行真にはめてもらった婚約指輪が光っていた。紺のスーツ姿の行真が軽く片手を上げて。一生懸命両手を振って見送ったのが最期だった。  出張先の広島で、歩道を横断中に信号無視の車に轢かれて。行真は死んでしまった。  あまりにもあっけなくて。  ああ、空の青さが眩しい。  瞳の上に透明な雫が膜を張って、太陽の光が瞳の奥で乱反射する。今日子は乱暴に目をこすると暮石の前にしゃがんだ。 「これさ……」 身につけたスキニーパンツの後ろポケットから銀色の指輪をつまんで取り出した。一粒ダイヤが太陽に光を反射してきらめいた。  冷房のかかった電車を降りると、夏の日差しにあぶられた草木の香りと、空気中に飽和した熱気が宗介の顔面に吹き付けて来た。駅を出ると狭いロータリーの向こうに小さな和菓子屋を発見して草介は店の引き戸を開けた。 今日子を見かけていないか聞くためだ。だが、店内には誰もいなかった。 「すみませーん」  身を乗り出して何度か奥に向かって声をかけたが、誰も出てこない。  ここまでか……。自分の頼りない記憶を元に来てしまったけれど、今日子が昔の恋人の墓参りに来たというのも自分の想像だし、確かにここにその恋人の墓があるかどうかだってわからないじゃないか。     
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