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思わず出た声は、ものすごく間抜けだった。会社では決して出さない声。親からも草介は表情が薄いと嘆かれて育ったほどなので、家族の前ですらこんな情けない声は出したことがない。三回読み返して草介はたまらずその場にしゃがみこんだ。握りしめた手の中で今日子の書置きがクシャリと音を立てる。
何のだ、これは。
強く目を瞑ると、血管を血が流れる音が聞こえる。今日子さん……。
慌てて着替えると部屋を飛び出た。マンションの通路から身を乗り出して道路を見たがそれらしい人影はない。彼女はいつ出て行ったのだろうか。全く気がつかなかった。隣で寝ていたというのに。
春からの転勤で来たこの土地に、今日子の知り合いは少ない。せいぜい食材の買い出しによく使う駅前の商店街のおばちゃん達くらいか。そこに思い至って部屋に戻り、財布と携帯を尻ポケットに突っ込むと、草介は駅へ向かって早足で向かった。
「え? 奥さん? 今日はまだ見えてないけどねえ。あ、ちょうど良いから手伝ってくれない?」
指図されるまま草介が山盛りの玉ねぎ入りのカゴを持ち上げ、大人の一抱えほどもある大きなバケツに入れると、おかみがホースで水をなみなみと注いだ。水の中で玉ねぎが浮きつ沈みつし、夏の日差しに水面がキラリと輝いた。玉ねぎは近くの飲食店に卸すためのものだろう。
「悪いね。助かったよ」
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