私の大切なあなた

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草介はおかみの謝辞に曖昧に頷いた。今日子の行き先については何も聞けそうになさそうだ。軽く落胆しつつ、そうですかと草介が立ち去ろうとすると声が追いかけてきた。 「あの子、食いしん坊だから、寄り道してどこかで買い食いでもしてるんじゃないの。買い物帰りによく食べながら歩いてるもんね。伊勢屋さんのたい焼きとかさ」  まさか。三十過ぎた女性が……とは草介は思わなかった。まだ会社勤めで秘書をしていた頃、今日子は仕事で使う手土産のために日頃からアンテナを張って有名店から無名店まで幅広く網羅していたものだ。デートだろうと気になる店があればすぐに飛び込んで行ってしまう。食べることが大好きなので美味しいものを見つけると血が騒いでしまうのだと言っていた。そうして店で買い込んだ「戦利品」を食べることに付き合わされる事もしょっちゅうだった。おかげで甘いものに関してはもう一生分は食べたと草介は思っている。  伊勢屋というのは、駅の向かいにあるたい焼き専門店だ。結構な人気店で、夏だろうと冬だろうと尻尾までギッシリと餡の詰まったたい焼きを売っている。餡の種類は定番の粒餡からクリーム、かぼちゃ餡、なぜがツナまであって、草介も休みの日に今日子に連れて行かれたことがあった。今日も店の前に出来た列の向こうで手ぬぐいを頭に巻いた店主が汗をかきかきたい焼きを焼いていた。     
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