私の大切なあなた

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と笑いかけられ、見られていると思っていなかった草介は少しどぎまぎした。とはいっても、表情は一ミリも動かなかったが。後で考えたら、ジロジロ見られていたと気づいたのに、あら、美味しそうでした? などとよく呑気に自分に声をかけてきたものだと思う。気持ち悪いと思われても仕方ない状況だろうに。  美味しそうなのはあなたのその喉ですよ。なんて言葉がちらりと頭に浮かんだ草介はぶるりと頭を横に振った。自分はおかしくなってしまったのだろうか。真面目一辺倒でやって来たこれまでの人生がグラグラとかしいでいる気がして、背中に変な汗がにじむ。 「い、いえ」 と答えるのが精一杯な草介にカラカラと笑い、食事を終えた彼女は、潔い食べっぷりに見合わぬ麗しい仕草でお辞儀すると、会計を済ませて店を出て行った。  たまたま相席になっただけ。  ただそれだけだというのに。その夜から脳裏に張り付いて離れない彼女の白い首やよく動く口元、自分よりは確実に歳上だろうに邪気のない笑顔、などに草介は悩まされた。仕事中ですらふと浮かんでくると思考がフリースしてしまい彼女のことしか考えられなくなるのだ。  一週間悩んだ。悩み抜いて、ようやく気づいた。どうやら自分は恋をしてしまったらしい。     
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