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草介自身不思議だった。これまでに付き合った女性は何人かいた。体も重ねたが、それは草介には恋人としての儀式のようなものだった。だから草介は、自分は恋に対してそして多分性的にも、淡白な人間なのだろうと分析していた。それなのに、なぜだ。脂っこいカツを頬張る口元なんて色っぽさのかけらもないはずなのに脳裏からなかなか消えてくれない。白い喉が上下する様を思い起こすたびにピリピリと心が震えた。そしてそれを記憶が擦り切れるんじゃないかと思うくらい何度も心の中で再生したがる自分の気持ちを制御する術を草介は知らなかった。
その後、定食屋で何度か姿を見かけ、草介は意を決して今日子に声をかけた。というかなんの間違いかその場で告白してしまい周囲にいた人と彼女を唖然とさせた。
告白から一年が過ぎても今日子からの返事がなく、週に何度か定食屋で出会えば一緒に食事をするだけの、いわばメシ友達のままだった。世間ではこれをフラれたというのだろうなと諦め掛けた頃、今日子から呼び出されオッケイされた。交際一ヶ月。交際まで一年以上待ったのに、それ以上待てなくてプロポーズした。まだ早すぎるとか、よく考えてからとか断られることばかりを予想しながらのプロポーズだったのに、今日子はあっさりと首を縦に振ってくれた。
そして三年。二人で過ごす日々がもはや空気を吸うのと同じぐらい当たり前になって。
どうして今、家出なんだ?
壁に貼られた運賃表を見ながら一つの駅名に引っ掛かりを感じた。
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