鳴き始めた蝉を呪う

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鳴き始めた蝉を呪う

終業式間際になっても田中君は何も言ってこなかった。たまに視線を感じることがあったが、何も言ってこなくてそれがまた不気味だった。 朝子が珍しく風邪をひいた。夏風邪かもしれない。暑くなり始めた季節の変わり目には朝子も逆らえなかったようだと一人下校する中、思った。今日は時間もあるからちょっと高めのアイスクリームでも買って朝子の家に行こう。そう思っていた矢先、出会ってしまった。蝉の声が生き様を主張する公園で田中君がベンチに座ってこっちを見ていた。 「なに」 警戒しながら私は近づいていった。無視すればいいという心の声を無視していた。 「何も見てない」 急に視線をそらす田中君にイラっとして、「嘘つき」と怒鳴ってしまった。 「ごめん」 私のけんまくに田中君は俯いてしまった。 「私は悪くない」 子供っぽい言い訳に、田中君はうなづいて、「誰にも言わない」と言ってくれた。 二人で同じベンチに座って落ちゆく夕陽を眺めていた。 「職員室であのふきんをを見たとき、気づいたんだ。ああ、あの時見た弁当を包んでるふきんだってことに。だから、気になって仕方なかった」 田中君は 沈む夕陽が眩しいのか目を手で隠しながら、話した。 「私はお弁当を作ってるだけ。家政婦みたいなもんだよ」 そう答えながら、悲しくなった。奥さんじゃない、ただの家政婦だ。 「僕の絵どうだった」 急に話題を変えられたので戸惑いながらも「うまかったよ。モデルさんもかわいいんだろうね」と適当なことを言った。 「とてもかわいいモデルだよ」 田中君は照れながら答えた。 「がんばって」 田中君の励ましに私は手を振った。朝子以外のクラスメイトとこんなに話したことは無かった。男友だちになれるかもと思いながら、急いで朝子の家に向かった。アイスクリームを買い忘れて怒られたが、回復に向かってるようで安心した。家に辿り着くと私の家からカレーの匂いがしていた。この香りに不思議とお腹が空いていくのだった。 田中君の絵がコンクールで入賞したと月曜日の朝礼で発表され、壇上に上がる彼に校長が表彰状を渡していた。絵の題名が発表された時、私の心に靄がかかるのを自覚していた。 絵の題名は「弁当箱の女生徒」だった。 絵の中に弁当箱は書かれていない。私に似ている絵のモデルは私だった。この題名でそう確信できた。あの時私をかわいいと言ってくれたんだと理解したが、喜べなかった。
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