鳴き始めた蝉を呪う

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アイスコーヒーを飲み干した田中君が再び固まって私は安堵しながらパフェを食べ終えた。クリームの残ったグラスを舐め回したい衝動に駆られながら、田中君は悪気があってああいう題名を絵につけたわけじゃないんだと納得することにした。 すっかり安心してしまった私はいらないことを言ってしまった。 「田中君はいつも弁当だよね。どんなおかずが好きなの」 ビクッとして俯いていた田中君が私を見た。 「なんだ、それ」 「え」 いたたまれない表情の田中君に今度は私が固まる番だった。 「唐揚げ好きなんだよな」 田中君の質問に意味が分からず、「あんまり好きじゃない」と答えると彼の表情がさらに曇った。 「職員室に行った時、十条先生がお弁当の唐揚げを食べていたから、唐揚げが好きなのかと思って」 申し訳なさそうに言う彼に悪意を感じて思わず立ち上がってしまった。結局、田中君は私を責めたいんじゃないかと思えてさっきまでの好意が帳消しになっていた。急いでレジに向かう私の姿を呆然と見る田中君に一つの言い訳もできない自分を呪った。 私は西京焼きが大好きでお造りはなんでも好きだ。育ち盛りの女子高生ならお肉の方が好きって言う人が多いだろう。当然甘いものも好きで、休みの日の3時にドーナツを頬張っている。 好きなものが多いけど、好きと言えない人がいる。 吐き出せば、終わってしまうと予感できるから、言い出せない。私の好意が伝わっているかも確認できない。 走り出した私にわずらわしい蝉の鳴き声が響いていた。
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