第2章 目的の始まり

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「――ええ、私の宝物」  一瞬、絶句した。 「あ。子どもっぽいって思ったでしょ?」  彼女は拗ねたように、僕を見上げた。  冗談めかして誤魔化しているが、どうやら『宝物』というのは、本当のことらしい。 「え、いや……名前、あるんですか」 「あるよ――面白いね、マモル君って」 「えっ……? あ、そうだ」  何だか急に気恥ずかしくなって、ベランダにかけ戻る。ガラス戸の向こうに用意していた、レモンティーの缶を手に、取って返した。 「夏美さん、これ良かったら」 「……いいの? 君のオヤツじゃないの?」 「違います。うちは……母さんが色々取り揃えているから」  オバ友会用に、飲み物やお菓子なんかが常にある。その意味を汲み取ったのだろう、夏美さんは表情を崩した。 「じゃあ……いただくわね。ありがとう」  彼女はまだ冷たさの残る缶を受け取ると、その場でパキッとプルトップを開けた。それから、なんのてらいもなく、コクコクと中身を流し込んだ。  一瞬視界に入った白い喉が、やたらとちらつき、目のやり場に困る。耕したばかりの庭に視線をさ迷わせた。 「――ふぅ。ありがとう、生き返ったわ」  爽やかに笑うから、収まっていた心臓がまた騒ぎ出す。  年上の女性はヒカリ姉ちゃんで慣れているはずなのに、夏美さんにはイトコが見せるがさつさ(・・・・)がない。昔から知っている身内と、何もかも新鮮な他人との違いだろうか。 「それじゃ、そろそろ片付けちゃおうかな」  少し日が傾いたとは言っても、夏至が過ぎたばかりの6月は、まだ当分明るい。夕飯までにもう一仕事するには十分だ。 「何を植えるんですか?」  戻りかけた彼女の背中に、もう一度問いかける。 「……コスモス。庭一面に咲かせるの。昔みたいに」  顔だけ、ちょっと振り返り、微笑まずに答えた。少し遠い目をしたように見えた。 「――え?」 「それじゃ、ごちそうさま!」  元の笑顔に戻って、夏美さんは僕に手を振った。  刹那覗いた表情に、僕は言葉を失っていた。  しばらく、土起こしをする夏美さんを眺めたが、彼女の向こうからこちらを見ているクマの視線に気づいて、ドキリとした。  ――バカだな、生き物じゃないのに。
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