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「――ええ、私の宝物」
一瞬、絶句した。
「あ。子どもっぽいって思ったでしょ?」
彼女は拗ねたように、僕を見上げた。
冗談めかして誤魔化しているが、どうやら『宝物』というのは、本当のことらしい。
「え、いや……名前、あるんですか」
「あるよ――面白いね、マモル君って」
「えっ……? あ、そうだ」
何だか急に気恥ずかしくなって、ベランダにかけ戻る。ガラス戸の向こうに用意していた、レモンティーの缶を手に、取って返した。
「夏美さん、これ良かったら」
「……いいの? 君のオヤツじゃないの?」
「違います。うちは……母さんが色々取り揃えているから」
オバ友会用に、飲み物やお菓子なんかが常にある。その意味を汲み取ったのだろう、夏美さんは表情を崩した。
「じゃあ……いただくわね。ありがとう」
彼女はまだ冷たさの残る缶を受け取ると、その場でパキッとプルトップを開けた。それから、なんのてらいもなく、コクコクと中身を流し込んだ。
一瞬視界に入った白い喉が、やたらとちらつき、目のやり場に困る。耕したばかりの庭に視線をさ迷わせた。
「――ふぅ。ありがとう、生き返ったわ」
爽やかに笑うから、収まっていた心臓がまた騒ぎ出す。
年上の女性はヒカリ姉ちゃんで慣れているはずなのに、夏美さんにはイトコが見せるがさつさがない。昔から知っている身内と、何もかも新鮮な他人との違いだろうか。
「それじゃ、そろそろ片付けちゃおうかな」
少し日が傾いたとは言っても、夏至が過ぎたばかりの6月は、まだ当分明るい。夕飯までにもう一仕事するには十分だ。
「何を植えるんですか?」
戻りかけた彼女の背中に、もう一度問いかける。
「……コスモス。庭一面に咲かせるの。昔みたいに」
顔だけ、ちょっと振り返り、微笑まずに答えた。少し遠い目をしたように見えた。
「――え?」
「それじゃ、ごちそうさま!」
元の笑顔に戻って、夏美さんは僕に手を振った。
刹那覗いた表情に、僕は言葉を失っていた。
しばらく、土起こしをする夏美さんを眺めたが、彼女の向こうからこちらを見ているクマの視線に気づいて、ドキリとした。
――バカだな、生き物じゃないのに。
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