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妙な居心地の悪さを感じて、僕はノロノロと家の中に戻った。
机の前に座ったものの、集中力はすっかり萎えてしまい、問題集を片付けた。
『昔みたいに』――。
ふと漏れ出てしまった真実なのか、何かをはぐらかしたのか……不可解な呟きが、耳の奥に染み付いていた。
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その夜。
親父と僕は、ナイターを観ていた。
母さんが風呂に入っているので、男2人切りのリビングは、さながらスタジアムだ。
「あーー! 何で打ち上げるかなぁ!」
絶好の先制チャンスを潰した5番打者に向かって、親父は声を上げた。
6回のウラが終わり、グラウンドが整備されている。この間に、地上波の放送では、スポンサーアナウンスに変わり、CMが流れていた。
「もう1本、ビール、いる?」
「お、気が利くな」
冷蔵庫から、追加の缶ビールとコーラを持って、ソファに戻る。
「……あのさ、親父」
「うん?」
唇に泡髭をつけて、親父が視線を向けてきた。
テレビでは、今夜の試合のハイライトが流れている。
「お隣って、僕が生まれた頃は、どんな人が住んでいたの?」
「何だ、突然?」
「今の早川さんの前は……秋吉さんだったけど、その前って? 覚えてないんだよな」
親父は腕組みして、眉間にちょっと皺を寄せた。
「秋吉さんの前な……お前が生まれた頃は、空き家だったんだ」
「えっ、そうなの?」
「ああ……その前は、清瀬さんっていうお爺さんとお婆さんが2人で住んでいたんだが、ある日突然居なくなってしまってな」
「どういうことさ? 引っ越したんじゃなくて?」
「あれは、違うな。家財道具全部残して、身体だけ消えたんだよ」
親父の表情から、からかっている訳ではないことは明らかだ。
我が家の身近にそんなミステリーが転がっていたとは……。
「ニュースにならなかったの?」
「なったさ。うちにも警察が来て、不審者を見なかったか、って色々聞かれたな」
「あら! あんた達、やけに静かね?」
母さんがバスタオルを頭に巻いたまま、リビングにやってきた。
ナイター観戦の時、僕達は勝敗に関わらず、いつも大騒ぎしている。テレビそっちのけで話し込んでいる雰囲気に、違和感を抱いたらしい。
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