第4章 夏祭りの夜

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 この頃、僕は人を好きになることについて考えてしまう。  受験生という立場上、気を散らされる『恋』なんてものは、害としか思っていなかった。  でも――ヨウヘイを見ていると、『恋』がもたらす心の変化は強さにもなるんだと教えられる。  少なくともヨウヘイには、困難を乗り越える原動力になっている。その証拠に、彼は夏休み前の期末考査で学年順位を50も上げて、担任も周囲も驚いた。  実は本人が一番驚いたらしく、努力に結果が伴ったことが、更なるモチベーションになっていることは想像に難くない。  僕のモチベーションは、この町を出ることだ。  この閉鎖的な地域を離れて、もっと伸び伸びと生きていくんだ。  でも――この想いが岩をも貫く原動力になるかというと、正直自信はない。『誰かのために』という力の方が、後に退けない覚悟を生むんじゃないだろうか……?  昼食後の『現代文』の授業中。  僕にからかわれたヨウヘイの横顔は、キリリと引き締まっていた。 -*-*-*-  心臓破りの石段を昇り切ると、賑やかなざわめきが流れてきた。  まだ明るい境内に、灯っていない提灯がぶら下がり、氏子の名の付いた幟旗があちこちに立っていた。  社の前に設けられたテントでは、神社の職員が参拝客にお神酒を振る舞っている。  社の左手――社務所の向かいの広場は、普段はベンチなんかが置かれている空き地だが、祭りの期間中は簡易ステージが設置され、イベントが催される。  今は、祭り太鼓の奉納だろうか――ステージの方向から勇ましい音が聞こえていた。  広場と参道を囲むように、所狭しと出店の屋台が並ぶ。  定番の綿あめ、リンゴ飴、アメリカンドッグ、フランクフルト、お好み焼き。大型ギョーザのシャーピンや、小さな卵形の東京カステラ。  ヨーヨー釣りに、射的、型抜き、アイドルやキャラクターの景品が当たるくじ引き。  なけなしの小遣いを握りしめた小学生が品定めに駆け回り、小・中学生の女の子達は三々五々、通路のあちこちで固ってお喋りしている。  高校生――ましてや受験を控えた3年生の姿は、ほとんど見られない。 「……あ、夏美さんだ」  婦人会の緑色のテント。  夏美さんは、母さんの隣で、おでん串の乗った発泡トレイを、客のオヤジに渡している。 「やっぱ……キレイだな」  ポツリ、呆けたようなヨウヘイの呟き。  軽口で返そうとしたが――僕は言葉を失った。
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