第4章 夏祭りの夜

4/6
前へ
/140ページ
次へ
 深い紺色に朝顔模様の浴衣には、見覚えがある。ヒカリ姉ちゃんが随分前に着ていたが、記憶の中のシルエットとは異なる。  夏美さんの色白な肌が浴衣の色に映えて、華奢な体つきが際立っている。クラスの女子達にはない、大人の女性のたおやかさに、僕まで息を飲んだ。 「――加賀美クンと嘉山(かやま)じゃない?」  ドン、と背中をどつかれて、手にしていたフラッペを落としそうになる。 「……何だ、吉田か」  振り向くと、クラスの女子、元野球部マネージャーの吉田彩花(よしだあやか)が立っていた。  眼鏡顔はいつも通りだが、彼女も水色の浴衣姿で、裾と袖に金魚が泳いでいる。 「何だとは何よ。男2人でムサイわね」 「るせぇよ。お前こそ女独りか? 寂しいな」 「違うわよ。弟達が連れてけって煩くて」  彼女は小・中学校も一緒の幼なじみで、昔は僕のことを『マークン』なんて呼んでいたが、いつの頃からか『嘉山』なんてよそよそしく呼び捨てにする。 「チビ達、相変わらず元気だな」  射的のテントで騒いでいる凸凹コンビが彼女の弟達だ。 「もう『チビ』じゃないわよ。小6と中2。生意気で煩くて」  姉、というより母親の顔で、吉田は首を振った。  彼女の家は駅前で薬局をしている。小さい頃から、両親が店に出ている日中は弟達の世話を任されていた。吉田本人も、母親みたいな感覚なのだろう。 「あの女性(ひと)――早川さん?」  僕らの視線を辿って、吉田は夏美さんを示した。  ヨウヘイが敏感に反応する。 「知ってるのか?」 「そりゃあ……」  言い掛けて、彼女は口籠る。チラ、とヨウヘイを見遣った。 「――美人の噂は早いから」  取って付けた妙な間に、僕は違和感を覚えたが、鈍感なヨウヘイは『美人』というワードにウンウンと納得している。 「噂って、どんな?」  代わりに僕が突っ込むと、吉田は眼鏡の奥の瞳を固くした。  ――聞いてくれるな、はっきり拒絶した眼差し。 「噂は、噂よ」  フウン、とヨウヘイが気に止めなかったのを幸いに、僕もその話題に触れるのはやめた。 「ねぇちゃん、200円ちょうだい!」  凸凹コンビの下の凹――小6の和樹が吉田に向かって駆けて来た。
/140ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加