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「ダメ! 小遣いあげたでしょ」
再び母親の顔になり、彼女は諌める。
「型抜き、1回だけでいいからぁ!」
微笑ましく見ていたが、ヨウヘイは僕をせっついて、それから吉田に手を振った。
「吉田、オレら行くわ。じゃあな」
「――あっ、うん。またね」
和樹にせがまれたままの格好で、吉田も手を振った。僕もつられて片手を挙げた。
「夏美さんとこ行こうぜ」
ボソッと早口に告げて、ヨウヘイは大股でテントに向かう。
その時――。
「やっぱり、アンタ、清瀬さんとこの子じゃろ?」
町内のシーラカンス、80幾つになる竹田の爺さんが、嗄れ声を上げた。
「――えっ……違います。私は早川と言います」
「いいや! ワシャ、年寄りじゃが、ここはシッカリしとる! アンタ、清瀬さんとこの子じゃ!」
竹田の爺さんは、自分の頭を指差して、ますます声を張り上げた。
『清瀬』という名前に反応したのは、夏美さんの隣にいた母さんも一緒で、まさか、という表情で彼女と爺さんを見比べている。
夏美さんの周りに見えない壁が張り巡らされたように、婦人会のオバチャン達がぎこちなく固まった。
「あのね……竹田さん、この方、最近遠くから越してらしたの。多分、よく似ているだけじゃないかしら」
母さんが、興奮した爺さんを宥める。
この時程、僕は母さんを誇らしく感じたことはなかった。
「――いいや! ワシャ、清瀬さんとは親しくしてたんじゃ! アンタには利三さんの面影がある!」
爺さんは、頑固だった。仲介の母さんを押し退けるようにして、譲らない。
「……困ったわ」
夏美さんは首を振るばかりだ。
妙な注目が集まり、テントの周囲に緊張が高まる。
古い地域だ。会場に来ている人々の中には、ニュースにまでなった当時の噂を覚えている人も少なくないだろう。
「あらあらお爺ちゃん、こんな所にいたの! カラオケ大会が始まりますよ!」
張り詰めた場を救ったのは、竹田さんのおばさん――爺さんから見たら、息子のお嫁さん――だった。
竹田の爺さんは毎年、夏祭りのカラオケ大会の最年長出場者で、記録を更新中だ。カラオケ大会は、エントリー制だから、順番が来るまでに会場にいなければならない。
おばさんは、爺さんを連れに来たのだ。
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