第4章 夏祭りの夜

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「ダメ! 小遣いあげたでしょ」  再び母親の顔になり、彼女は諌める。 「型抜き、1回だけでいいからぁ!」  微笑ましく見ていたが、ヨウヘイは僕をせっついて、それから吉田に手を振った。 「吉田、オレら行くわ。じゃあな」 「――あっ、うん。またね」  和樹にせがまれたままの格好で、吉田も手を振った。僕もつられて片手を挙げた。 「夏美さんとこ行こうぜ」  ボソッと早口に告げて、ヨウヘイは大股でテントに向かう。  その時――。 「やっぱり、アンタ、清瀬さんとこの子じゃろ?」  町内のシーラカンス、80幾つになる竹田の爺さんが、嗄れ声を上げた。 「――えっ……違います。私は早川と言います」 「いいや! ワシャ、年寄りじゃが、ここはシッカリしとる! アンタ、清瀬さんとこの子じゃ!」  竹田の爺さんは、自分の頭を指差して、ますます声を張り上げた。  『清瀬』という名前に反応したのは、夏美さんの隣にいた母さんも一緒で、まさか、という表情で彼女と爺さんを見比べている。  夏美さんの周りに見えない壁が張り巡らされたように、婦人会のオバチャン達がぎこちなく固まった。 「あのね……竹田さん、この方、最近遠くから越してらしたの。多分、よく似ているだけじゃないかしら」  母さんが、興奮した爺さんを宥める。  この時程、僕は母さんを誇らしく感じたことはなかった。 「――いいや! ワシャ、清瀬さんとは親しくしてたんじゃ! アンタには利三(としぞう)さんの面影がある!」  爺さんは、頑固だった。仲介の母さんを押し退けるようにして、譲らない。 「……困ったわ」  夏美さんは首を振るばかりだ。  妙な注目が集まり、テントの周囲に緊張が高まる。  古い地域だ。会場に来ている人々の中には、ニュースにまでなった当時の噂を覚えている人も少なくないだろう。 「あらあらお爺ちゃん、こんな所にいたの! カラオケ大会が始まりますよ!」  張り詰めた場を救ったのは、竹田さんのおばさん――爺さんから見たら、息子のお嫁さん――だった。  竹田の爺さんは毎年、夏祭りのカラオケ大会の最年長出場者で、記録を更新中だ。カラオケ大会は、エントリー制だから、順番が来るまでに会場にいなければならない。  おばさんは、爺さんを連れに来たのだ。
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