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「おっ! そうかそうか! アンタ、名前は?」
「早川……夏美です」
「そうかそうか」
竹田の爺さんは、口の中で何度か「そうかそうか」を繰り返すと、おばさんに手を引かれて去って行った。
「……何だったんだ、今の?」
ヨウヘイが呆気に取られて、爺さんを見送る。
いつの間にか夕闇が境内に忍び込み、あちこちに吊るされた提灯にもぼんやり柔らかな魂が宿っていた。
テントの中の夏美さんは、もう笑顔ではなかった。薄闇の中ではあるが、いつもより顔が白く見える。
隣の母さんが何事か囁くと、頭を下げてテントを離れ、足早に社務所に入って行った。
「……行かない方がいいよな」
「うん……」
鈍感なヨウヘイも、流石に何かを感じ取ったのか、ただ夏美さんが消えた社務所を見つめていた。
目的を失って、僕らは早々に神社を後にした。
「じゃ、また明日な」
手を振って去っていくヨウヘイの背中が寂しそうだった。
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