第5章 つのる恋心

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 翌日、塾に来たヨウヘイは普段通りだったので、僕も昨夜のことは口にしなかった。  もちろん、昔、うちの隣人だった清瀬老夫婦のことは、話すつもりはない。  僕達が生まれる前の不確かな噂を教えたところで、友人のためになるとは思えなかった。  第一、竹田の爺さんの追求に、他ならぬ夏美さん自身が否定していたじゃないか――。  それでも、割り切れないモヤモヤした気分が残ったが、その霧を晴らす術もないので諦めた。  祭りの夜の出来事はひとまず忘れて、受験生の本分、勉強に打ち込むことにした。  毎朝と夕、夏美さん家の前を通る。  6月に種を蒔いたコスモスは草丈が伸び、はや1メートル近くに達しようとしている。丸い蕾が大きく膨れ、早いものは間もなく開花しそうだ。  勉強の合間にネットで検索したら、コスモスという花は、種蒔きからおよそ3ヶ月で開花するらしい。  華奢な見た目に反し、茎が倒れても花開くという強かな特徴があるのだそうだ。  9月になると、夏美さんが望んだ『昔みたい』な庭になるに違いない。  その時、彼女はどんな眼差しで、その庭を眺めるのだろうか。 -*-*-*- 「オレ、お見舞いに行こうと思うんだ」  ちょっと思い詰めた表情で、ヨウヘイが打ち明けてきた。  夏休みも終わりが見えてきた、8月最後の土曜日のこと。弁当を食べ終わった、昼休みだ。 「そうだな……心配だよな」  母さんの話だと、夏祭り以来、夏美さんは家に籠りがちだという。  オバ友会にも誘ってみたが、夏の暑気当たりとか体調不良とかで休んでいるらしい。一度、母さんがスイカを持って様子を見に行ったら、青白い肌で酷く痩せていた、と心配していた。 「でも……迷惑じゃないかな」 「――」  正直、分からなかった。  体調の悪い時は、変に人恋しくなることがある。  シンとした部屋の中で、世界に自分と時計しか存在していないような、鬱窟とした孤独に押し潰されそうになったりする。  一方で、訪ねて来られても対応するのがシンドイ、煩わしいということもある。  同居人がいれば、代わりに来客を捌いてくれもするだろうが……独り暮らしだとそうもいかない。  夏美さんの現状がどちらなのか、見当が付かなかった。
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