26人が本棚に入れています
本棚に追加
「お前……病院の見舞いじゃないんだぞ」
「蕎麦はね、『側にきました』っていう言葉遊びの意味と、『細く長くよろしくお願いします』って意味なのよ」
親父にティッシュ箱を渡しながら、母さんが説明してくれた。
「ふーん、なるほどね」
「マモル、お前も大学生になったら独り暮らしするんだろ。ちゃんと『引越し蕎麦』配らないとな」
「えー、面倒くさいよ。てゆうか、そんなのウザがられるよ」
「都会じゃ、かえって敬遠されるのよ、お父さん」
「まぁ……そうかも知れんなぁ」
親父は、何度目かの蕎麦のお代わりをしながら、渋い顔をする。
「ところで、その……早川さん? どんな感じの人なんだ?」
「ええ。ヒカリちゃんくらいの歳の女性でね、独り暮らしだそうよ」
あの女性だ。母さんも、ヒカリ姉ちゃんをイメージしたのか……。
「ええ? あの広い家に独り切りか?」
お隣は、古いが小さな家ではない。
空き家になる前は、6人家族が10年近く住んでいたっけ。
「まぁ……寂しいでしょうねぇ……」
母さんは、何か思いついたような表情を浮かべた。
後から考えると、親父のこの一言がなければ、あんなことにはならなかったのかもしれない。
-*-*-*-
3日後。
高校から帰った僕は、玄関にズラリ並んだ女物のサンダルにゲンナリした。
母さんのオバ友会だ。
この辺りの地域は、親や祖父母の代から古く住んでいる人が多い。ご近所の五軒に止まらず、町内会ぐるみで人と人との繋がりが強い。一旦溶け込めば、心強い支えになるが、新参者には高いハードルだ。
スニーカーを脱ぎながら、オバチャンには似つかわしくない白いローヒールに気がついた。
――もしかして……。
笑い声の溢れるリビングのドアを開ける。
「ただいまー」
「あらマモル、早いわね」
ソファとダイニングを、ご近所の見知った顔が占拠している。こんにちは、と誰に言うともなしに挨拶した。
最初のコメントを投稿しよう!