第6章 赤い薔薇と赤い瞳

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「マモル君家みたいに、気の利いたものもなくて」  言いながら、彼女はテーブルセットのチェアに腰掛ける。ひじ掛けの間にちんまり収まっている彼女を見ると、あのクマが大きいものだと再認識した。 「いえ、かえってすみません。僕ら、お見舞いに来たのに。体調、大丈夫ですか?」 「心配かけて、ごめんなさい。暑さはちょっと弱くて……もう少し涼しくなれば元気になるわ」  自ら麦茶を一口飲んで、笑顔を作るが、どこか弱々しい。 「あ、夏美さん。これ、母さんが持ってけって」  お中元で届いたマスカットゼリーのお裾分けだ。 『食欲が無いときは、こんなのがいいのよ』  気取らずにコンビニのレジ袋に入れたのは、母さんなりの気遣いに思える。 「すみません。この前いただいたスイカのお礼もまだなのに」 「あー、気にしないでください。母さんは世話焼くのが好きなんで」  頭を下げる夏美さんに、僕はヒラヒラ手を振った。 「――あのっ!」  突然の大声に、僕も夏美さんもギョッとした。  緊張したヨウヘイは、ボリュームというものが壊れている。  僕らのやり取りの間中、どう割り込もうか迷っていたようだが――結果、会話に渋滞を引き起こした。 「……あの、夏美さん。オレも……これっ、お見舞いですっ!」  ヨウヘイは、ついに清水の舞台から飛び降りた。  ソファから立ち上がり、薔薇の花束を両手で差し出す様は、やっぱりプロポーズみたいだ。  彼は『半年後に告る』と言っていたが、やることは今と大して変わらない――と、隣で冷静に眺める僕だった。 「……ありがとう、陽平君。早速飾るわね」  目を丸くした夏美さんだったが、差し出した薔薇より真っ赤に俯くヨウヘイを優しく見上げ、『お見舞い』を受け取った。  夏美さんは、ゆっくり席を立ち、キッチンにゼリーと花束を持っていった。 「――座れよ」  直立不動の友人に囁く。  ヨウヘイは、僕の存在なんか忘れていたように、ハッとした表情で、まじまじと僕を見た。 「……何だよ」 「――いや……他言無用だからな」 「おう。貸し、2つな」 「1つだろ」 「付き合ったのが1つ。口止め1つ」 「――ちぇっ、分かったよ」  狭いソファでの下らない取り引き。  その間、夏美さんはキッチンで僕らに背を向けている――が、その肩が震えているように、見えた。
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