第6章 赤い薔薇と赤い瞳

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「……おい、ヨウヘイ」 「何……あ」  つつかれたヨウヘイは、視線の先に気付く。  シンクに向かっている夏美さんの表情は分からないが、やや俯いているようで、小さな背中がちょっと上下している。  俄に、ヨウヘイはキッチンへ駆けた。 「――おい」 「大丈夫ですか?!」  デリカシーのない行動に思え、引き留めようとしたが、その前にヨウヘイのバカスピーカーが唸る。 「まだ具合悪いんじゃ――」 「――来ないで!」  涙声なのに、拒絶する。  ビクン、と一度は足を止めたものの、すぐにヨウヘイは夏美さんの側に並んだ。追い詰められたウサギみたいに怯えた表情で、彼女はヨウヘイを見上げた。その頬が濡れている。 「ごめんなさい、夏美さん。オレ、バカだから――あなたの顔が見たくて……無理に押し掛けて」 「……違う、違うの。あなた達が悪いんじゃない」  ヨウヘイを見つめたまま、何度も首を振る。 「私は、陽平君にも、マモル君にも、マモル君のお母さんにも……優しくしてもらう資格なんてないの」  少し離れたリビングとキッチンの境界にいた僕からも、夏美さんがポロポロと流す涙が見えた。 「優しくされるのに、資格なんているんですか」  ガキなりに、熱い言葉だ。僕が女なら、ホレたかもしれない。  夏美さんは目に見えて動揺していた。  ヨウヘイの誠意に満ちた一言は、彼女の何かを砕いたらしい。青白い頬に、一筋、朱が差したようだった。 「――ありがとう……でも、今日は帰って。2人とも本当にごめんなさい……」  帰り際、夏美さんに笑顔はなかった。大きな瞳が、ヨウヘイの薔薇よりも赤く見えた。 -*-*-*-  夏美さんが泣いたことは、暗黙の了解で僕らのトップシークレットになった。 「やっぱ、オレじゃ頼りないんだよな」 「いや――お前、カッコ良かったよ」 「……嬉しくねぇよ」  傷心のヨウヘイを僕なりに労り、近所の公園の前まで送った。 「マモル、オレ、諦めねぇからな」 「――おう。逆転サヨナラホームラン、期待してるぜ」 「……任せとけ」  軽口に乗せていたが、僕はヨウヘイを見直していた。先刻、強引にキッチンへ踏み込んだ情熱を、かなり本気で応援していた。 「じゃあ……また明日な」 「ああ。サンキュ、マモル!」  公園の入口ゲートの前で、僕らは別れた。  ヨウヘイは近道するため、公園の中を突っ切って行った。
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