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帰宅した途端、キッチンから母さんが僕を呼んだ。
「マモル、アヤカちゃんから電話あったわよ!」
部屋に直行しかけていた足を、リビングに向ける。
「――え、アヤカって誰だよ?」
聞き慣れない名前に、記憶の検索が働かない。
「何言ってるの! 吉田薬局のアヤカちゃんよ!」
――吉田……アイツか!
つい先日、夏祭りの夜に会った眼鏡顔が甦る。
「何の用だって?」
「知らないわよ。あんた、ちゃんと電話しなさいよ」
――何で僕が……?
母さんとの間に女同士のよく分からない約束でも交わしたのか、とりあえず逆らわないことにした。
ローボードの隣にある電話器の前に行き、壁に貼られた町内会や商店街の電話番号リストから『吉田薬局』を探す。
「毎度ありがとうございます。吉田薬局です」
吉田のおばさんの明るい声が出る。
「こんにちは。嘉山です。さっき彩花さんから電話があったみたいなんですけど、いらっしゃいますか?」
「あら、マモル君! ちょっと待ってね、家の方に転送するから」
「はい」
薬局の店舗から、2階の自宅を呼び出す間、『グリーンスリーブス』が流れる。
「――はい、吉田です」
2回り目の途中で、吉田彩花が出た。
「嘉山だけど。何か用?」
「あ、嘉山。これから、出られる?」
「何だよ。電話じゃダメかよ」
「……駅前のマック。何か奢るから」
「あー別にいいけど、3時半くらいでいい?」
「ありがと。待ってる」
プツッ、と素っ気なく電話が切れる。
「――ちょっと出掛けてくる」
「はいはい。晩ごはんまでに戻るのよ」
「うん」
たまの塾の休みなのに、何だか今日は慌ただしい日だ。
夏美さん家の前を通りながら、この広い家の中で泣いているだろう彼女を思うと、ヨウヘイならずとも胸が痛む。
『優しくされる資格がない』
どうしてそんなふうに考えるのか――夏美さんが抱えている『何か』が何なのか、この時の僕には想像もつかなかった。
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夕方近くとはいえ、まだ暑い。サッと汗ばんだ額をぬぐって、待ち合わせのマックに入る。
しっかり冷えた空気が心地良い。
「――嘉山、こっち!」
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