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吉田の話に登場した『由美』――長谷川由美は、クラスの女子で商店街のパン屋の娘だ。
商店街つながりで、吉田と長谷川は仲が良い。
そういえば、『長谷川パン』の斜め向かいが、花屋だったっけ。
「嘉山、今日加賀美クンと会った?」
最初の質問の意味が、少し掴めてきた。
「……会ったけど?」
「加賀美クン……早川さん家に行ったの?」
「何で?」
「……だって、加賀美クン、早川さんに夢中でしょ?」
バレている。
一体いつから……と考えて、夏祭りの夜を思い出した。
夏美さんを見て呆けていたヨウヘイの姿を、多分吉田は見ていたのだろう。
「加賀美クン、告白したの?」
僕が返答に窮すると、彼女は探るような視線を向けてきた。
「それ聞いて、どうするつもりだよ」
「――嘉山、意地悪ね」
聞けば何でもホイホイ答えるお人好しとでも見られていたのか?
幼なじみの誼みではあるが、今の僕には男の友情の方が重い。
「お前、ヨウヘイに告るのかよ」
「それができれば……とっくにしてるわよ!」
眼鏡越しの瞳が苦し気に睨む。
気の強い世話焼き女――ここしばらく、僕の中で定着していた吉田のイメージが崩れる。
友達からの『薔薇の花束を買った』という情報に振り回されてしまうくらいだ。コイツもコイツなりに真剣なんだろう。
「アイツ……ヨウヘイさ、夏美さんのこと、真剣だよ。だけど、受験が終わるまでは告らないって言ってる」
吉田が絶句した。それから、少し泣きそうに瞳を潤ませた。
「お前もヨウヘイのこと真剣なら……もし告るなら、タイミング考えた方がいいよ」
「――嘉山」
「約束は守るから。お前も頑張れな」
ずっと、2年以上片思いだった男が、自分よりかなり年上の女性に熱を上げている。
同級生か――少なくとも高校生がライバルなら、まだ同じ土俵で頑張れるだろうに。どんなに背伸びや努力をしたところで、所詮同級生だ。夏美さんが醸し出すような大人の余裕や色香は、吉田には到底無理だ。
「ありがと……」
眼鏡を外して、滲んだ目尻を拭う。
コイツ……コンタクトにした方が可愛いかもな。
そんなことを考えた自分にちょっと驚き――すっかり汗をかいたコーラを流し込んだ。
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