第7章 幼なじみの秘密

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「お礼にひとつ教えてあげる。早川さんて、隣町で看護師さんしてたそうよ」  少し赤い目は、数時間前の夏美さんにダブって見えた。  1日――しかも短時間の内に、2人の女性の涙を目にするなんて、どういう日なんだ。 「何でそんなこと知ってんだよ?」 「昨年の春、由美のおじいちゃんが隣町の病院に入院していた時、会ったんだって」 「どこで?」 「だから、病院。内科の入院病棟の看護師さんだったって」  ちょっと呆れたように吉田が補足する。  夏美さんのナース姿は、案外すんなり想像できた。 「その時は『早川』じゃなくて『八木山(やぎやま)』さんって名前だったから……」  そこで吉田はちょっと辺りを見回して、声を潜めた。 「離婚――したのかもしれないって」 「待てよ。名字が違うなら、別人だったんじゃないのか?」  ううん、と首を振って、ドリンクに口を付ける。充分、間を置いてから、吉田は上目遣いに秘密めかした。 「先月、由美の家に早川さんが買い物に来たんだけど、『あら、八木山さん』って由美のおばさんが声を掛けたら、真っ青になったらしいの」  1年近く前にちょっと会っただけで、よく覚えているものだ。  感心するが、僕の母さんもその類いの記憶力は超人的なので、あり得ない話ではない。  特に――女って、誰それに似てる、とか、いつどこで見掛けた、とか、探偵並の能力に長けているんだよな。 「うーん……離婚したことを知られたくなかったのかなあ」 「さぁ……それ以上は知らないわ。でも、竹田さんのおじいさんは『清瀬さん』って呼んでたよね?」  僕は答えず、コーラを飲んだ。ストローがゾゾゾッと音を立てた。  『清瀬』『八木山』……『早川』。  夏美さんを巡る幾つかの名字。  どれが一体本当の名前なのだろう。  それとも――全てがフェイクなのだろうか? 「嘉山……あんたも早川さんのこと好きなの?」  紙コップのストローでザクザク氷をかき回しながら、吉田は思い出したように僕を覗き込んだ。 「いや――何で?」 「だって。単なる隣人にしては、気にし過ぎじゃない?」  そうかもしれない。  引っ越して来たのが前の秋吉さん家みたいな家族や、オッサンの独り暮らしだったら、僕は全く関心を寄せなかっただろう。
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