第7章 幼なじみの秘密

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 あの6月――赤いレインコート姿を見た時から、僕は夏美さんが気になっていた。 「……コスモスを植えたんだよ」 「――え」  氷をかき回す手を止め、彼女は怪訝な眼差しを向ける。 「言ったんだ、夏美さん。『昔みたいに、庭一面に咲かせるんだ』って」 「どういうこと?」 「分からない。でも、夏美さんが言う『昔』っていうのは、恐らく『清瀬さん』が住んでた頃のことみたいなんだ」  テーブルに頬杖をついて、彼女はちょっと小首を傾げる。  僕は所在なく店内に視線を投げた。夕方が近づき、だんだんと賑わいが引いていく。潮騒のように。 「――何か、秘密があるのね」  吉田が不意に呟いた。  そこに好奇心の気配は感じない。恋敵の情報を、彼女はどんな気持ちで受け止めているのだろうか。 「……言うなよ。長谷川にも」 「分かった。約束する」 「おう」 「今日はありがとね、嘉山。貴重な休みの日に」  真面目な顔で頷いた後、少し照れたように吉田は微笑んだ。  睨んだり、涙ぐんだり、はにかんだり……くるくる変わる彼女の顔を、こんなにじっくり見たのは初めてかもしれない。 「いや、いいよ」 「そろそろ出る? あ、弟達にシェイク買って帰るって言ってきたから、先に行って」  空になった紙コップをヒョイと取り上げ、自分のトレイに乗せて立ち上がる。こういう然り気無く気が利く辺り、実に吉田らしい。 「あ、サンキュ。それじゃ、ご馳走さま」  ポニーテールを揺らして、彼女は再びレジに向かった。  店外に出ると、昼間の暑さの名残が肌にまとわりついた。  夕暮れには、まだ早い。帰ったら受験生に戻らなくては。  来週――9月には新学期だ。夏休み明け早々、模試がある。この成績を元に、三者面談があり、8割方の進路が決まる。  様々な思いが交錯した夏が終わろうとしていた。 -*-*-*-
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