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「マモル、こちら早川夏美さん。お隣に越して来た方よ」
「こんにちは、お邪魔してます」
「あ……こんにちは」
淡いピンクのサマーセーターの女性が、ソファから立ち上がって会釈した。
やっぱり、引っ越しの朝の赤いレインコートの女性だ。
夏美さんは、『初めまして』と言わなかった。一度会っていることを、彼女も覚えているのかもしれない。
挨拶を交わすと、彼女はオバサンたちの話の輪に戻っていった。
「母さん、何か食うものある?」
「はいはい」
母さんはキッチンにパタパタやって来ると、オバ友会の余りとおぼしきクッキーとせんべいをくれた。
「飲み物は適当に持って行きなさい」
「うん」
ソファに戻る母さんの背を追うフリをして、僕は夏美さんを盗み見た。
ススキの中の撫子のように、控え目な佇まいながら、はっきりと目を引く存在感がある。身長は160cmくらいだろうか、ショートカットの小さな顔に、くりっとした瞳が印象的だ。特別美人という訳ではないが清潔感があり、何よりこんな片田舎には似つかわしくない、垢抜けた雰囲気に惹き付けられた。
少なからず早い鼓動を意識的に無視して、僕は2リットルのコーラを抱えて、リビングを出た。
背後で、オバチャン達の喋り声や笑いが、さざめいていた。
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それからも、母さん主宰のオバ友会は定期的に開かれた。時々見かける夏美さんは、母親以上も年上のオバチャン達に囲まれて、それでも笑顔を絶やさずに頑張っているようだった。
「……とにかく大人しい人なのよ。自分から話を広げない、っていうか」
夕食後、バラエティー番組を見ている後方から、会話が溢れてきた。
どうやら母さんが、親父に愚痴っているらしい。
「そんなこと言ったって、お前たちと比べたら……話は合わんだろう」
「あら! 私が嫁いできた頃は、周りはみんなお婆さんだったわよ! それでも上手くやったものだわ」
――母さんが嫁いで来た頃って、いつの時代だよ。
振り向かずに、胸の内で呟いていたが、
「まぁ、お前は適応力があるからな」
流石に長年の連れ合い、親父は地雷を踏まないように言葉を選んでいた。
母さんは、まぁそうねぇ……なんて応えながら、満更でもないようだ。
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