第8章 夏の終わり

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 夏休み明けの模試の結果は、予想より良かった。  三者面談でも、楽勝ではないにせよ、今の成績をキープできれば合格できるだろうという太鼓判を貰った。 「やっぱり塾が良かったのかしらねぇ」  三者面談の帰り道のこと――母さんは上機嫌だ。  そりゃあ、塾のお陰は否めないが、僕の努力ってものも、少しは認めて欲しいもんだ。  内心ふて腐れる気持ちもあるが、それ以上に受験への好感触が僕自身のテンションをも高めていたので、余計な口はつぐんだ。 「――あら。咲き出したわね」  夏美さん家の前を通りながら、庭の様子を眺める。  茎丈は既に1メートルを超え、ワサワサと緑の雲海みたいだ。その中でコスモスが、ポツリポツリ花を付けている。  家に入り際、身を乗り出してお隣のベランダを見ると、栗毛色のクマの頭がチラッと確認できた。  満開まで、もう暫くかかりそうだ。  気温も猛暑の峠は越えたようだし――そろそろ夏美さんは元気を取り戻すだろうか。 -*-*-*- 「――マモル君!」  学校帰り、神社の石段脇を通りかかった時、突然呼び止められた。 「えっ……?」  振り向くと、10数段上から夏美さんが降りて来た。  デニムのスキニーパンツに、ナチュラルベージュの7分丈のチュニック姿。肩から白いポーチをかけている。 「体調、良くなったんですか?」 「……ええ、お陰様で。心配かけて、ごめんなさい」 「いや――心配もしたけど……」  お見舞いの日のことが甦り、言葉を濁してしまう。 「恥ずかしい所、見せちゃったわね。陽平君にも悪いことしたわ」  石段を降りきって、隣を歩く夏美さんは、これまでと違い、どこかサバサバとした雰囲気だ。 「――あのね、待ってたの」  早足で僕を追い越すと、2、3歩先でクルリ振り返った。 「え……」 「これ、お見舞いのお礼」  笑顔で彼女が差し出したのは、石段の上の神社の袋だった。 「ありがとうございます」  遠慮なく受け取って、中を見る。紫紺の生地に白い刺繍で『合格守』と書いてある。  その下に、薄いグリーンの細長い紙が入っていた。  取り出すと、手作りの栞だ。ペパーミントグリーンの台紙に、二輪、コスモスの押し花が貼り付いている。濃いピンクが一輪、寄り添うように、淡い桃色の小さい花が一輪。  栞の上部に開いた丸い穴には、白いリボンが結ばれている。  夏美さんらしく品のいい、可愛らしい栞だ。
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